コリアンモンスター
あらためて正面に座る麗菜を観察する、なんて美しい造形、フォルム、ケチをつける所がない可愛さだ。視線を宣美に移す。とてもこの二人が姉妹とは思えない、そうか、宣美は父親似に違いない。ブサイクな父親でもいないよりはマシだろう。なにしろ自分の父親は試験管に入った液体なのだから。
三人でやるババ抜きは思った以上に興を削いだ、麗菜は楽しそうにしているがそろそろ限界だ、カランカランとドアベルが鳴って何の気無しに視線を送った、スラリと背の高い浅黒い男性が入ってきてあたりを見渡している、待ち合わせだろうか、彫りが深く精悍な顔つきをしている。年の頃は三十代前半くらいに見えた。
「アボジー」
麗菜が席を立ってパタパタと長身の男性にかけよった、男性は麗菜を両手で抱っこすると肩より高く持ち上げた、お兄さんだろうか、にしては少し年が離れすぎている。
一通り麗菜を愛でると宣美に気がついて大股でコチラにやってきた、典子に気がつくと「はじめまして」と白い歯を覗かせる、慌てて挨拶を返すと頷きながら優しく微笑んだ。
「お父さん珍しいね」
宣美が男に話しかける、お父さん――。
「ああ、今日は一段落ついた、夕飯でも食べに行こう」
典子には父親がいないが、どう見ても目の前にいる男は中学生の娘がいる父親には見えなかった、それは同級生の父親が授業参観や運動会を見に来ている時に確認した常識に照らし合わせたものだったが。少なくともこんな爽やかで若々しく、カッコいい父親を見たことは一度もなかった。
「お友達も一緒にどうですか? うまい焼肉屋を見つけたんですよ」
呆然としている典子に宣美の父親が話しかけてきた、咄嗟に拒否をしようとすると麗菜が飛び跳ねながら喜んでいる。
「のりこちゃんも一緒、やった、やったー」
とても断れる雰囲気じゃない、それよりも話が違うじゃないか、宣美の父親はブサイクなんじゃなかったのか、それはついさっき自分が勝手に想像した予想、いや、せめてそうであって欲しいという理想だったが、いくらなんでもこれは――。
いつの間にか自分たち以外の客が誰もいなくなった店を早々に閉めると近所の焼肉屋に向かった、木下家、いや朴家の四人と典子という奇妙な組み合わせだ。
出来たばかりの焼肉屋で個室に案内される、麗菜は父親にべったりだ。
「父の大輔です、いつも成美がお世話になっています」
乾杯した後に、宣美の父親が挨拶した、成美?
「お父さん、宣美で呼んでもらってるから」
慌てて宣美が訂正する。
「おお、そうでしたかー、それはいい、どうもありがとうね」
お礼の理由は不明だったがとりあえず自分も自己紹介をした、その間も麗菜はずっと父親にちょっかいを出している、それをノールックであやす仕草はまさに父親のそれだった。
四人がけの掘りごたつの席で母親と父親の間に麗菜が挟まっている、その向かいに宣美と典子は座っていた、次々に運ばれてくる料理をどんどん網の上にのせて焼いている。
そういえば焼肉屋に来るのは初めてだった、理由は聞いたことがないが少し考えれば分かる。時間が掛かるからだ、食事などは栄養が補給できればいいと考えるママはゆっくり肉を焼きながら一時間も二時間も食事をするなど言語道断、問答無用だ。
「ほら典子ちゃんもどんどん食べてね」
宣美の母が肉をどんどんお皿に盛ってくる、タレを付けて食べるとなるほど、美味しい。
「違う違う、典子ちゃん」
宣美の父が大袈裟に手でバツを作るとレタスのような葉っぱをちぎってその上に焼いた肉をのせた、さらにキムチやにんにく、もやしや少量のご飯をくわえた後に赤いタレを付けて丸めた。
「はい、食べてみて」
そう言いながら謎の食べ物を手渡してきた、手の甲に浮いた血管を見てドキリとする、大人の男の人の手だ。
初めて食べる謎の葉っぱ巻を恐る恐る口に運んだ、肉汁とキムチの酸味、モヤシのシャキシャキとにんにくの香り、最後に甘辛い風味がご飯と一緒に口の中で一緒になって喉を通過する。
「なにこれ、おいしいー」
本当に美味しかった、大袈裟じゃなく今まで口に入れた食べ物で一番美味しかった。
「そうだろー、本場ではこうやって食べるんだ」
本場、北朝鮮のことだろうか、勝手なイメージで貧困の国だから貧しい食事しかないと思っていたがそんな事もないのだろうか。
それからたっぷり二時間ほどかけて飲んだり食べたり、おしゃべりしたりした。笑いの絶えない家族、典子が思い描く理想の形がそこには完成されていた。
宣美をからかっていた生徒たちを思い出した、一体誰が誰を下に見ているのか。傑作だった。日本全国探し回ってもこれだけ素敵な家族は存在しないんじゃないか、それほどの衝撃を典子はうけた。
優しくてユーモアがあり美男美女の両親、天使のような妹に自分は天才的な頭脳、宣美は典子に無いもの、典子が欲しいものを全て揃えていた。
「ふっ、ふふふ」
今までに感じたことがないような不思議な感情に笑えてきた。
羨ましい――。
ずるい――。
母親に見捨てられるかも知れない恐怖、勝手に期待して勝手に失望される事への怒り、生まれたときからすべてを持っている人間への嫉妬。色々な感情がないまぜになって出来上がったのは。
すべてをメチャクチャにぶち壊してやりたい――。
そんな圧倒的な負の感情だった。
三人でやるババ抜きは思った以上に興を削いだ、麗菜は楽しそうにしているがそろそろ限界だ、カランカランとドアベルが鳴って何の気無しに視線を送った、スラリと背の高い浅黒い男性が入ってきてあたりを見渡している、待ち合わせだろうか、彫りが深く精悍な顔つきをしている。年の頃は三十代前半くらいに見えた。
「アボジー」
麗菜が席を立ってパタパタと長身の男性にかけよった、男性は麗菜を両手で抱っこすると肩より高く持ち上げた、お兄さんだろうか、にしては少し年が離れすぎている。
一通り麗菜を愛でると宣美に気がついて大股でコチラにやってきた、典子に気がつくと「はじめまして」と白い歯を覗かせる、慌てて挨拶を返すと頷きながら優しく微笑んだ。
「お父さん珍しいね」
宣美が男に話しかける、お父さん――。
「ああ、今日は一段落ついた、夕飯でも食べに行こう」
典子には父親がいないが、どう見ても目の前にいる男は中学生の娘がいる父親には見えなかった、それは同級生の父親が授業参観や運動会を見に来ている時に確認した常識に照らし合わせたものだったが。少なくともこんな爽やかで若々しく、カッコいい父親を見たことは一度もなかった。
「お友達も一緒にどうですか? うまい焼肉屋を見つけたんですよ」
呆然としている典子に宣美の父親が話しかけてきた、咄嗟に拒否をしようとすると麗菜が飛び跳ねながら喜んでいる。
「のりこちゃんも一緒、やった、やったー」
とても断れる雰囲気じゃない、それよりも話が違うじゃないか、宣美の父親はブサイクなんじゃなかったのか、それはついさっき自分が勝手に想像した予想、いや、せめてそうであって欲しいという理想だったが、いくらなんでもこれは――。
いつの間にか自分たち以外の客が誰もいなくなった店を早々に閉めると近所の焼肉屋に向かった、木下家、いや朴家の四人と典子という奇妙な組み合わせだ。
出来たばかりの焼肉屋で個室に案内される、麗菜は父親にべったりだ。
「父の大輔です、いつも成美がお世話になっています」
乾杯した後に、宣美の父親が挨拶した、成美?
「お父さん、宣美で呼んでもらってるから」
慌てて宣美が訂正する。
「おお、そうでしたかー、それはいい、どうもありがとうね」
お礼の理由は不明だったがとりあえず自分も自己紹介をした、その間も麗菜はずっと父親にちょっかいを出している、それをノールックであやす仕草はまさに父親のそれだった。
四人がけの掘りごたつの席で母親と父親の間に麗菜が挟まっている、その向かいに宣美と典子は座っていた、次々に運ばれてくる料理をどんどん網の上にのせて焼いている。
そういえば焼肉屋に来るのは初めてだった、理由は聞いたことがないが少し考えれば分かる。時間が掛かるからだ、食事などは栄養が補給できればいいと考えるママはゆっくり肉を焼きながら一時間も二時間も食事をするなど言語道断、問答無用だ。
「ほら典子ちゃんもどんどん食べてね」
宣美の母が肉をどんどんお皿に盛ってくる、タレを付けて食べるとなるほど、美味しい。
「違う違う、典子ちゃん」
宣美の父が大袈裟に手でバツを作るとレタスのような葉っぱをちぎってその上に焼いた肉をのせた、さらにキムチやにんにく、もやしや少量のご飯をくわえた後に赤いタレを付けて丸めた。
「はい、食べてみて」
そう言いながら謎の食べ物を手渡してきた、手の甲に浮いた血管を見てドキリとする、大人の男の人の手だ。
初めて食べる謎の葉っぱ巻を恐る恐る口に運んだ、肉汁とキムチの酸味、モヤシのシャキシャキとにんにくの香り、最後に甘辛い風味がご飯と一緒に口の中で一緒になって喉を通過する。
「なにこれ、おいしいー」
本当に美味しかった、大袈裟じゃなく今まで口に入れた食べ物で一番美味しかった。
「そうだろー、本場ではこうやって食べるんだ」
本場、北朝鮮のことだろうか、勝手なイメージで貧困の国だから貧しい食事しかないと思っていたがそんな事もないのだろうか。
それからたっぷり二時間ほどかけて飲んだり食べたり、おしゃべりしたりした。笑いの絶えない家族、典子が思い描く理想の形がそこには完成されていた。
宣美をからかっていた生徒たちを思い出した、一体誰が誰を下に見ているのか。傑作だった。日本全国探し回ってもこれだけ素敵な家族は存在しないんじゃないか、それほどの衝撃を典子はうけた。
優しくてユーモアがあり美男美女の両親、天使のような妹に自分は天才的な頭脳、宣美は典子に無いもの、典子が欲しいものを全て揃えていた。
「ふっ、ふふふ」
今までに感じたことがないような不思議な感情に笑えてきた。
羨ましい――。
ずるい――。
母親に見捨てられるかも知れない恐怖、勝手に期待して勝手に失望される事への怒り、生まれたときからすべてを持っている人間への嫉妬。色々な感情がないまぜになって出来上がったのは。
すべてをメチャクチャにぶち壊してやりたい――。
そんな圧倒的な負の感情だった。