コリアンモンスター
 総理官邸に到着すると入念にボディチェックをされた、右手に付けた手袋はもう外してあるが、まさか起爆装置が仕込んであるとは思わないだろう。

 ベタベタと全身を探られて凶器の類がない事を確認すると、別の男が先に丸い輪っかが付いた銀色の棒を持って近づいてきた。宣美は心拍数が急上昇したことを自覚しながらも平常心を装った。

 金属探知機――。

 ドラマなんかで見た事がある、大丈夫だろうか。爆弾や起爆装置は金属探知機に引っ掛からないだろうか。そこまでは想定してなかった。

 足の先から金属探知機を当てられた、徐々に上に向かってくる、バクバクと心臓の音が聞こえる気がした、そしてそれは宣美の上半身に当てられる。

 木本の話によれば小型の爆弾は心臓付近に取り付けたとの事だ。その心臓付近に探知機が当てられた。探知機から視線をそらすと男はじっとコチラを見ていた、思わずそっぽを向いてしまう。怪しまれたか。

「問題ありません」

 そう言って男は宣美から離れていった。「ふぅ」と小さくため息を吐くと奥に案内される。やたら長い廊下を歩いていくと突き当たりに仰々しい扉が現れた。

「中で総理がお待ちです」

 ボディガードの男が宣美に入室を促した、どうやらここから先は一対一で話せるようだ。周りを巻き込まないように配慮したがいらぬ世話だったようだ。

「では行ってきます」

 と最後の挨拶をすると娘がいると言ったボディガードは白い歯をみせて笑った。

 部屋に入るとそこはドラマに出てくるような大企業の社長室のようだった。無駄に広いスペースに一目で高級と分かる応接セットに革張りのソファ。その奥にはデスクがあり、そこには日本の内閣総理大臣が鎮座していた。

「よく来てくれました、朴宣美さん」

 石川誠一郎は立ち上がると相好を崩してコチラに向かってくる、宣美の前までくると右手を差し出して握手を求めてきた。心音が跳ね上がる。

「すみません、まだ握手はできません」

 起爆装置がついた右手を引っ込めた。

「そうですか、これからの話し合い次第、と言う事ですね」

「はい」

「ではコチラにどうぞ」

 ソファを促されると向かって左側に宣美は座った。辺りを見渡すが本当に誰もいない。いくら凶器を所持してなくても一国の主をテロリストと二人きりにして良いのか。

「珍しいですか?」

「え」

「あ、いや。この部屋です」

「いえ、なんか社長室みたいですね」

 正面に座りながら、はははっ、と笑った石川誠一郎は息子にそっくりだった。

「日本株式会社の社長みたいなものですからね、残念ながら業績は赤字ですが、ところで……」

 さっそく本題に入るのか、コチラをじっと見つめてきた。

「うちの息子がお世話になってるようで」

 全然違う話題で拍子抜けした。

「え、ああ、お世話っていうか、なんだろ」

 友達です、は図々しいか。妹の彼氏……。でもないしな。なんだろう。考えても石川孝介との関係性を表す単語が出てこない。

「友達だと言っていました、あと、これはあいつの妄想でしょうが。義理のお姉さんになる予定とか」

 まったくあの男は父親にまで宣言しているのか。

「彼はそう言ってますけど、無理でしょうね」

「はは、なんでも大変美しい妹さんだとか、あいつじゃ相手にされないか」

「いえ、そうじゃなくて」

 石川誠一郎は興味深そうにコチラを見つめている。

「ご存知の通り私たちは朝鮮人です、石川孝介さんと一緒になるわけにはいかないでしょう」

「それはどうして? 日本人と朝鮮人、いやアメリカ人だろうがフランス人だろうが結婚できるでしょう」

「建前ですよね、実際に政治家、それも将来の総理大臣候補が朝鮮人と結婚なんて」

「ふふ、あいつが総理大臣ですか、それは怖い。ところで宣美さんは勘違いしてますね、私は本人たちが良ければなんの文句もありませんよ、あいつの好きにすれば良い」

 まあ、本人を目の前にして本音は言えないだろう。

「本人たちが良くても世間が許しませんよ、次の選挙は落選確実ですね」

「そこも勘違いしていますね、私はそんな理由で落選するような政治家なら最初から必要ないと思っています」

 石川孝介なら麗娜と一緒になる為なら喜んで政治家を辞めそうだな、と考えていると彼は続けた。

「問題は少なからずそういった日本人が存在するという事実です、宣美さんはそんな国に嫌気がさして青ヶ島に移住した、そうですね」

「その通りです、この国は在日朝鮮人として生きるには辛いことが多すぎました」

 すると石川誠一郎はその場で立ち上がった、背が高いので威圧感がある。しかし次の瞬間その体が二つに折れた。後頭部が見えるほど深く頭を下げている。

「申し訳ない! すべては国を変えることができていない私の責任だ、君たちに辛い思いをさせて申し訳ない」

 これはなんのパフォーマンスだろう、周りにはカメラもなければ人もいない。誰に向けたアピールなのか。

「できれば君の願い、その全てを叶えてあげたい」

 顔を上げた石川誠一郎は心痛な顔つきで言った、演技なら大したものだ、役者を進めたい。

「私の願いは朝鮮人が差別されない世の中です、しかし残念ながら差別はなくなりません、当然ですがやめましょうと言ってなくなるものでもありません」
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