失恋タッグ
しかし、秋月先輩は僕の気持ちなんて知らない。

無情にも先輩は僕の前で、別の男性を想って泣いている。

それがこんなにも苦しいものだとは思いもしなかった。

“今更、別れようなんて簡単に言わないでよ...”

苦しそうに言葉を押し出した先輩の瞳から、大粒の涙が真珠のようにキラキラと輝きながら落ちていく。

今すぐこの場で、抱きしめたい衝動に駆られる。


しかし、僕は泣きじゃくる先輩を前に、ギュッと手を握りしめて堪えた。

きっと、この場で先輩を抱き締めてしまえば、あんな浮気男やめてしまえと、倉田リーダーに対する恨みつらみを全て吐き出してしまいそうになるからだ。

これから一緒に仕事をしたいから
今は僕の気持ちに蓋をしなければならない。

僕の気持ちを知ってしまったら、秋月先輩はきっと僕と一緒に仕事をすることに承諾してくれない。

僕は必死に涙を止めようとする先輩を前に
抱きしめる代わりにハンカチを差し出した。

そして、なんとか秋月先輩を説得して、ペアを組むことに同意してもらうことに成功した。

まあ···、少し私情が入ってしまい、
倉木リーダーのことをかなり蔑むような言い方をしてしまったのは否めないけど···──。

だけどそれは···先輩がこの期に及んで倉木リーダーの肩を持つようなことを言うからだ···。



「営業部に用事でもあるの?」


エレベーターの中で営業部のある7階のボタンを押した僕に先輩は振り返ると、不思議そうにヘーゼル色の瞳を向ける。

「まあ···」

僕は叔父との関係を悟られたくなくて言葉を濁した。
叔父との関係を知られることで、先輩に気を遣われるのが嫌だったからだ。


先輩はそれ以上、聞こうとはしてこない。


有り難いけど、自分に興味がないと言われてるようで、少し悔しい···。

そして、先輩はエレベーターが開発部のある階に止まると、「それじゃあ」と素っ気ない一言を残して降りていく。


先輩が僕を振り返ることはない···──。


もし···恋人の頃の倉木リーダーだったら、先輩は振り返るのだろうか···?


「秋月先輩っ」


僕は思わず呼び止めた。


「もうペアを組むことは取り消せませんから···──」

───···そして、これからは遠慮なく口説かせてもらいます。


「分かってるわよ」


先輩はムッとしたように口を尖らせる。


先輩に男として意識してもらえるように···───。


「約束ですよ···」


ちゃんと僕に落とされる覚悟をしておいてくださいね···。


僕は心の中で、閉まりゆく扉の向こうの先輩に宣戦布告した。
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