3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇



__翌朝。



昨夜は早く就寝した甲斐あってか、お部屋を訪ねると既に身支度を整えていらっしゃっていたので、私は内心かなり驚いた。

おそらく、これが本来の楓様のお姿なのだろうと思いながら、いつものように朝食と共にコーヒーと朝刊をご提供する。

やっぱり楓様は昨夜のことは何も知らないようで、普段と全く変わらないご様子に私は少し拍子抜けしてしまった。




「それじゃあ、部屋に残した私物は後で送っておいて」

「はい。かしこまりました」

こうしてお見送りのため玄関先まで向かい、残された仕事を言い渡された私は短く返事をして軽く頭を下げた。


暫くお仕事は安定するようで、これからも単発でのご宿泊はあるかもしれないけど、頻度はかなり減ると思われる。

ここをご利用されるという事は、また楓様が無理をしてしまうということなので、あまり芳しくはない。

けど、当分連続的なご宿泊がないと思うと、自然と肩が落ちてしまう。


「それでは楓様、またのご宿泊を心よりお待ちしております」

この業務用の台詞も、以前は何の躊躇いもなく言えていたのに、今は口にした途端に残る侘しさに戸惑いを感じる。

そんな気持ちを悟られないよう、私は満面の笑みで楓様に深くお辞儀をした。


すると、いつもなら何も言わずに出勤される筈なのに、何故かその場に留まりこちらを凝視してくる楓様に、私は訳が分からず狼狽える。

「……あ、あの。どうかなさいましたか?」

何かやり残したことでもあったのだろうか。

自分の行いを振り返ってはみたものの特に思い当たる節はなく、頭上にクエスチョンマークを浮かべていると、不意に楓様は口元を緩ませてきた。

「あんた、初バトラーにしてはなかなか良い仕事だったな。お陰で結構リラックス出来たし」

すると、まさかのお褒めの言葉を頂き、私はあまりの衝撃に目を大きく見開いてしまった。

「……あ、ありがとうございます!そう仰って頂けるなんて大変光栄です!」

暫く言葉に詰まってしまったが、あまり黙り続けていると失礼なので、私は慌てて頭を深く下げる。

「次もその調子でよろしく。じゃあな」

それから、初めて楓様から別れの挨拶を仰って頂き、私は感極まって思わず涙が出そうになった。
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