3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

「瀬名さんは車通勤なんですね」

車を発進してから暫くして、私は高鳴る鼓動を抑え、脇で運転する瀬名さんにあらかじめ用意していた話を振る。

「うん。始めは電車で通っていたけど、遅番とかになるとやっぱり車の方が利便性がいいかなって思って」

「瀬名さんのお住まいはここから近いのですか?」

「車で三十分くらいかな。天野さんは?」


車内はラジオの音もなく、ハイブリット車である為エンジン音もなく、とても静かな空気が流れる中お互いの声がよく響いた。

沈黙状態にならないか心配していたけど、瀬名さんも沢山話題を振って下さったので、私達は終始会話が途切れる事なく目的地へと向かう。


そして、時折運転する瀬名さんの姿を盗み見すると、自然と頬が赤く染まっていく。

今まで男性の運転にはそこまで関心を示さなかったのに、瀬名さんの運転する姿は何てこんなにも素敵なのでしょう。

やはりお慕いしている方の一挙一動は、何においても特別に見えてくるものなのでしょうか。


そんなことを思っていると、こちらの視線に気付いた瀬名さんと目があってしまい、私は慌てて作り笑いをすると前へと向き直す。


「……そういえば、瀬名さんってお煙草は吸われないのですか?」

すると、ふと突然浮かんできた突拍子もない疑問を、私は何も考えずにさらりと口にしてしまう。

「え?煙草?……あ、うん。俺は吸わないかな。匂いも嫌いだし、体にも良くないしね」

瀬名さんも唐突に聞かれた質問に一瞬目が点になるも、特に気にすることなくあっさりとそう答えてくれた。

「そうですか。てっきり殆どの男性は吸っていらっしゃるものかと思っていました……」

「昔はそうだったかもしれないけど、今は結構少ないと思うよ。どんどん値上がりもしていくしね」

何て、今度は物価高の話題に移る最中、頭の片隅には煙草を吸う楓様の姿が映り込む。


私も煙草の匂いと煙は全く好きになれないし、なろうとも思わない。

けど、喫煙するお姿はとても男性的で、大人の色気を感じる。

楓様の醸し出すアンニュイな雰囲気にもよく似合っていて、想像すると胸が高鳴っていく。


……。


…………。


…………なんて。


私は瀬名さんの隣で何を考えているのでしょうっ!


まさかのこの場面で楓様のことを思い浮かべてしまう自分の思考回路が信じられず、別の意味で顔が赤くなっていく。

とにかく、今は憧れの瀬名さんと過ごす時間であって、このひと時に集中せねばと。私は雑念を振り払い、車内での会話を満喫したのだった。
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