3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「そういえば、専属バトラーを付けたみたいだな。お前が特定の人間を指定するなんて珍しいこともあるもんだ」

すると、側にいた東郷代表は私の存在に気付くと、こちらを一瞥してきたので慌てて深く一礼をする。

「ただの気まぐれです。それに、このホテルの従業員レベルを見極める良いきっかけだと思ったので」

楓様は特段気にする様子もなく、東郷代表の問いかけにさらりと答える中、私は一人冷や汗を流した。


それも本当に理由の一つなのだろうか。確かに、楓様は以前私の履歴書を確認していた。

あの時は単純に気を向けて頂けたことに喜んでいたけど、今の話を聞く限りだと、何だかんだ経営者としての目で見られている部分があるのかと思うと、変な緊張感が湧いてくる。


それから程なくして、東郷代表の挨拶が終わった後、乾杯と共に本格的に懇親パーティーが始まり、東郷家のテーブルの周りには次第に沢山の人集りが出来始めてきた。

その中で、楓様も普段は絶対に見せることのない営業スマイルで接待をしていて、予想はしていたものの実際その光景を目の当たりにした私は内心かなり驚いてしまう。

そして、もっと驚いたのは、竜司様と東郷代表の奥様の変貌ぶりだった。

先程までは楓様のことなんて全く見ようともしていなかったのに、資本家や投資家の方々がご挨拶に来ると、一変して笑顔で彼の側に近付き、一緒に会話を楽しんでいた。

楓様も嫌な顔をすることなく、営業スマイルを崩さずにその輪の中に溶け込む。

側から見ればそこに溝なんて一切感じさせない仲の良い家族だ。
正しく、体裁だけ取り繕った偽りの家族。

……なんて。何とも失礼なことを心の中で呟く中、バンケットスタッフの方達と合流していた私は、引き続き配膳のお手伝いに回った。



「……ほら、あの方が例のご子息だよ」

すると、参加者にシャンパンを配っている最中、突如耳に入ってきた囁き声。

私はその声がした方へ振り向くと、そこには男性数名が取り囲んで不穏な表情をしながら東郷家のテーブルを指差していた。


「確か母親は高級キャバレーの従業員だろ。かなりの美人だったって聞いたよ。それで当時東郷代表はその人目当てに結構な頻度で通い詰めていたそうだな」

「あの楓という御子息も随分綺麗な顔立ちをしているから、あれは完全に母親譲りだよ。東郷代表の奥様も気の毒に……」

「しかも、長男より次男の方が優秀だっていうんだろ?何とも皮肉な話だな」


暫く男性達の話を立ち聞きしていた私は、隠された楓様の新たな事実を知ってしまい、呆然と立ち尽くしてしまう。


……楓様のお母様は高級キャバレーの従業員だったなんて。

そこから想像出来る、泥沼化した東郷家の内部事情。

確かに楓様のお母様は一体どんな方だったのか疑問に思っていたけど、まさか水商売の方だったとは……。

よくある話なのかもしれないけど、水商売の息子となると、楓様に向けられた周囲の目は相当冷ややかなものだったのだろう。

あの時の竜司様や、目の前にいる男性達と同じような……。
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