3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから、いつもの出勤時間となり、私はこれまで通り楓様をお見送りする為、玄関先までご一緒する。

今回は単発のご宿泊なので相変わらず寂しさは残るけど、自分の好きなようにして良いとの許可を頂けたので、今の心境はどちらかと言えば次回に向けての意欲の方が勝っている気がする。

「それでは、楓様。今度のご宿泊も心よりお待ちしておりますね。けど、あまり無理はなさらないで下さい。そのうち本当にお身体を壊してしまいますよ」

これまでは、業務用として言っていた挨拶も、今では純粋に自分の気持ちを伝えているので、何ともお節介な挨拶になってしまったと後になって気付く。

「分かってるよ。……まあ、家よりも何かこっちの方が落ち着くし、美守のマッサージにも期待してるし、忙しくなくてもまた近いうちに来るかも」

けど、楓様は嫌な顔をすることなく、寧ろ柔らかい表情でそう仰て下さるとは思いもよらなかったので、内心かなりどきまぎしている中、何とかそれを表に出さないよう平静を装う。

「この俺にそう思わせたんだから、あんたもなかなか良いホテルマンだな」

それなのに、やんわりとした微笑みと一緒に最高の褒め言葉まで頂いてしまい、私は感極まって思わず涙が出そうになってきてしまう。

「み、身に余るお言葉です」

何とか泣くことは堪えたものの、気持ちが高ぶり、震える声だけはどうにも出来なかった。 


「それじゃあ、またな」

そして、今回も頂けた別れの挨拶。

“また”という言葉が、私の心の中に溶け込んで、奥底にまで染み込んでくる。


だから……。


「はい。いってらっしゃいませ」

……の後に続く、“おかえりなさい”が早く言えるように。

そんな願いを込めて、私は出勤して行く楓様を笑顔で見送ったのだった。
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