3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇




「それで、俺に相談したいと?」

「……はい。桜井さんはもう楓様強奪計画の事で頭がいっぱいになっていまして……。もう瀬名さんしか頼れない気がして……」

あれから、どんな服装で勝負するかとか、コスメはこれで行こうとか、しまいには勝負下着の話まで盛り込まれ、収拾が付かなくなってしまったところで昼休みが終わってしまった。

それならばと。
瀬名さんならまともに話を聞いてくれそうな気がして、別日に勇気を振り絞ってランチをお誘いした次第だ。

今までの自分では考えられなかったけど、もう瀬名さんには変な緊張感は湧かず、あの頃よりも大分気兼ねなく話せるようになった気がする。

「でも、本当に驚いた。まさかの急展開だね。あの東郷様と出掛けるなんて」

“強奪”という言葉に苦笑いをした後、改めて瀬名さんは目を丸くしながら身を乗り出してくる。

「お出掛けというか、これもバトラーの仕事の延長線みたいなものなんですけどね。だから、浮かれないようにしっかり楓様のサポートをしていくつもりです」

あの時、若い女性社員は楓様のことを色目で見るからと白鳥様は敬遠していたけど、かくいう私もそのうちの一人。

けど、任された以上、失望させてはいけないと。私は気を引き締めて、変な期待をしないように自分にもよく言い聞かせた。

「相変わらず天野さんは真面目だよね。そんな気を張らなくても、もっと肩の力を抜いて気楽に楽しめばいいんじゃない?」

そんな私に、瀬名さんはいつもの優しい眼差しを向けて、にっこりと微笑みかける。

その笑顔に見事やられた私は、すっぱり諦めたとはいえ、無条件で胸が高鳴ってしまい、慌てて遠のいて行こうとする意識を何とか引き戻し、本題へと入ることにした。

「実は、相談したいというのが……その日は楓様のお誕生日なんだそうです。それで……その……誕生日プレゼントを用意したいのですが……」

そして少し口籠もりながら、私はあれからずっと悩んでいたことを瀬名さんにぽつりぽつりと打ち明け始める。

「私はあくまでただの専属バトラーなのに、こんな出過ぎた真似をしても良いのでしょうか……。けど、やっぱりお祝いはどうしてもしたくて……」

楓様の性格を考えると、おそらくご自分のお誕生日なんてあまり興味がなさそうに思える。

それなのに、私一人だけ突っ走ってあれこれ準備して引かれてしまったらどうしようとか。

けど、白鳥様があの場で敢えて教えてくれたことに何だか深い意味を感じて、もうどうすればいいのか良く分からなくなってしまった。

その気持ちを全て瀬名さんにお伝えすると、何やら無言でこちらをじっと凝視してきて、私は訳が分からずたじたじになってしまう。

「あ、あの……瀬名さん?私何か変なことを申し上げましたか?」

「……いや。なんか可愛いなあーって思っただけ」

何故見詰められているのか理由を尋ねた途端、まさかの瀬名さんのとんだ発言に、今度は顔が真っ赤になり、つい声が裏返ってしまった。

「なんていうか、こんなに自分のことを一生懸命考えてくれるなんて有難いじゃん?だから、東郷様がどんな方であれ、天野さんのその気持ちを見せてあげれば素直に嬉しいんじゃないかと思うけど」

それから至極真面目な表情で答えてくれた瀬名さんの言葉がずしんと心に響き、私は暫しの間考え込んでしまった。

「……本当に喜んで頂けるでしょうか?」

そして、恐る恐る尋ねてみると、瀬名さんは満面の笑みで大きく頷いてくれて、それが後押しとなった私は、段々と気持ちが前向きになっていく。

こうして、今度は何をプレゼントしたらいいかなど、昼休憩が終わるギリギリまで私は瀬名さんと沢山お喋りをして、まるであの時の失恋はなかったと思える程、私は純粋にこの時間を心から楽しむ余裕が出来ていたのだった。
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