3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
こうして私の買い物も無事終了して、私達は少し遅い昼食を取るためにショッピングモール内にある和食屋へと足を運ぶ。
店内は各テーブル毎に仕切られていて、半個室状態となっている為、周囲の雑音が遮断され静かな空気が流れる中、私はテーブルを挟んで楓様と向かい合って座っている状況に、終始緊張しっぱなしだった。
……なんでしょう、この既視感は。
あれから男性との食事にも慣れたのかと思いきや、楓様相手だとそんな経験値なんて全くの無効となり、振り出しへと戻っている上、あの時よりも更に緊張している自分にほとほと嫌気がさす。
とりあえず、各々注文し終わると、そんな私とは裏腹に、楓様はこちらを見向きもせずに携帯を弄り始めた。
楓様は瀬名さんと違ってあまり会話をするタイプではないので、このまま私も黙っていようとも思ったけど、あれを渡すには今しかない気がして、私は徐々に高鳴ってくる鼓動を抑え、気付かれないように小さく深呼吸をする。
「あ、あの……楓様…………」
「……何?」
呼びかけたはいいものの、その先に続く言葉がなかなか言い出せずにいると、楓様は少し苛立った様子で私の顔を見てくる。
「その……今日はお誕生日おめでとうございます」
そして、鋭い視線を受けながらも、私は何とか笑顔を作って今日一番に言いたかった言葉を楓様にお伝えする。
一体どんな反応が返ってくるのか、期待と不安で押しつぶされそうになっていると、突然楓様は舌打ちと共に表情を歪ませると、私から視線を外した。
「なんだよ、知ってたのか。そういうの鬱陶しいから止めろ」
すると、想像以上の拒絶反応を示してきて、私はショックのあまり暫くその場で固まってしまう。
「……ご、ご迷惑でしたか?」
もしかしたらそうなのかもしれないと予想していた面もあったけど、まさかここまでとは思ってもいなかったので、窮地に追いやられた私は思わずその先へと踏み込んでしまった。
「ああ。そんなものどうでもいいし、うんざりだ。正直、聞きたくもない」
そう応える楓様の表情は、今までにない程冷え切っていて、心底蔑むような目を私に向ける。
その言葉に、これまで幸せだった気持ちが一気に奈落の底へと落ちていき、私は暫く言葉をなくした。
それと同時に、何故楓様がここまで拒絶するのか、理由が段々と分かってきた気がする。
楓様は婚外子。
つまり、東郷家にとっては望まざる子供。
それ故に、今まで身内から誕生日なんて祝って貰った事がないのかもしれない。むしろ、その逆の可能性が高い。
あの懇親パーティーで見た光景を思い浮かべれば、義母にも愛されていないのは歴然だし、あの冷え切った環境下で東郷代表から祝って貰えるとも考えづらい。
それでも、大人になれば誰かにお祝いされる事だってあると思っていたけど、楓様の反応を見る限りだと、それもなかったという事なのでしょうか……。
“あの方は、誰かを愛することが出来ない”
ふと、以前泉様に言われた言葉が脳裏をよぎる。
人を愛せないから、誰かに寄り添う事が出来ないから、これまで人から誕生日を祝って貰う喜びを経験したことがない。
だから、私のこの気持ちも全く届かない……。
そう思った途端、心の奥底から悔しさと悲しさと切なさが込み上げってきて、段々と体が震えてくる。