3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「……そんな事仰らないで下さい。それじゃあ、私はどうすればいいのでしょうか……?」

どんどんと溢れ出してくる思いを抑える事が出来ず、堪えきれなくなった私は視線を下へと落とし、気付けば震える声で心の叫びを口にしていた。

「は?何がだよ?」

そんな私の問いかけに楓様はとても不機嫌そうな声で聞き返してきたが、それが引き金となり、私は今の気持ちをどうしても伝えたくて勢い良く顔を上げる。

「楓様と出会えた事が凄く嬉しくて、お側に仕えている事がとても幸せだと思えるくらいで……。だから、そんな楓様のお誕生日を一緒にお祝いしたかったのに、そんな寂しい事を仰っては私のこの気持ちは一体どうすればいいんですかっ!?」

楓様の言い分も分かるけど、それ以上にやるせなさが勝り、八つ当たりのように私は思いの丈をぶつけてしまった。

なぜこんな形になってしまったのか。もっと違う言い方があった筈なのに。けど、もう止めることなんて出来ない。

私は悲しさの余り、滝のように涙がどんどんと溢れ落ちていき、泣き顔を見られたくなくて視線を下へと落とす。



その時、視界が滲む中で楓様の手が伸びきて、長い指が私の頬に触れると、そっと親指で溢れる涙を拭ってくれた。

突然の出来事に驚いた私は、顔を上げて目を大きく見開き、楓様を凝視する。

「だから、お前はいつも大袈裟なんだよ。わざわざそこまで泣く事なのか?」

楓様は私の頬から手を離し、今度は呆れたような顔でそう仰るも、その声色はとても穏やかだった。

「……そんなに、俺の誕生日を祝いたいのかよ?」

そして、少し困ったような表情を見せて尋ねてくる楓様の問いかけに私は無言で大きく頷くと、鞄からシルバー色のリボンでラッピングされた小さな青い箱を取り出し、そっと差し出す。

「今日はずっとこれを渡したかったんです」

私はようやく用意したプレゼントを見せる事が出来、その安心感に気付けば涙は止まっていた。

「楓様、お誕生日おめでとうございます」

それから気持ちを改め、満面の笑みでもう一度、今度は自信をもってはっきりとお伝えした。


「…………ありがとう」

暫しの間口を閉ざした後、不意に見せてきた楓様の柔らかい笑顔。

それは、今までに見た事がない、とても暖かく、優しく、全てを溶かしてしまう程に甘い。

そんな表情に魅せられて、私は暫く楓様から目を離すことが出来なかった。

しかも、初めてお礼の言葉を言われ、余りの感動にまたもや涙腺が緩みそうになっているところ、楓様は何も言わず受け取ったプレゼントを開け始めたので、私は急に緊張感に襲われた。


「これは……」

包装紙を取って箱を開けると、そこに入っているのは細い長方形の金色のネクタイピンで、端の方には数枚の紅葉が流れるような形で彫られている。

楓様はそれを手に取ると、金色のネクタイピンを黙ったままじっと見つめた。

「ありきたりかもしれないですが、そのデザインを見てプレゼントにしようと決めたんです。楓様はご自分の名前がお好きだと仰っていたので……」

果たして喜んで頂けるのか自信はなかったけど、瀬名さんにもお墨付きを頂けたから、きっと大丈夫だと思いながらも、何も反応がない様子に段々と不安が募ってくる。


すると、楓様は持っていたネクタイピンをぎゅっと握りしめた後、こちらの方へと視線を向けて口元を緩ませた。

「ああ、悪くないな」

そう仰って頂いた言葉が取り巻いていた不安を見事に掻き消してくれて、こうしてようやくお誕生日をしっかりとお祝い出来た事に、私は満たされた気持ちになりながら、再び満面の笑顔を楓様に向けたのだった。
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