3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇



昼食を済ませた後、私達は特に寄りたいお店もなかったので、とりあえず中庭にある庭園へと赴く事にした。

季節は十月中旬で、中庭に立ち並ぶ木々は見事に色付いており、風が吹くたびに紅葉がはらはらと宙を舞う。

「正しく、楓の季節ですね……」

私は舞い落ちてきた紅葉の葉を手に取り、しみじみとそれを見つめる。

「本当に楓はとても綺麗ですよね。一年を通してその季節毎に色を飾ってくれる。だから、花言葉も“美しい変化”と付けられたそうですよ」

もしかしたら、そんな意味に因んで楓様は名付けられたのかもしれないと勝手に思いながら、私は愛おしく楓の木を見上げた。


「……………それにしても、やけにカップルが多いな。ここはそういうスポットになっているのか」

暫く楓様から何も返答が来ないと思いきや、急に話題を変えられ、私は慌てて辺りを見渡してみる。

「確かに。やはりこういう情緒ある場所は恋人達には最適なのでしょうか?」

言われてみて気付いたけど、各々設置されているベンチはほぼカップルで占めていたり、周りを歩いている人達も手を繋いだり、腕を組んだりと、二人だけの世界を作りあげながら皆幸せそうな表情で歩いている。

「分かんないのかよ?」

その光景を不思議そうに眺めていると、そんな私を鼻で笑い、小馬鹿にしたような目を向けながら楓様は悪態をついてきた。

それが何だか腑に落ちず、私は頬を膨らませながら思わず軽く睨んでしまう。


その時、不意に楓様はこちらに近寄って来ると、突然私の手を握り、じっと見つめてきた。

「あ、あの、……か、楓様!?」

まさか楓様から手を握られるなんて夢みたいな展開に、私は思いっきり心臓が飛び跳ねた上、何故凝視されているのか訳が分からないまま、全身の温度が一気に上昇する。

「これで、少しは分かるんじゃないのか?」

すると、不敵な笑みを浮かべてそう仰ると、そのまま私の手を引いて庭園の中を歩き始めた。

私はこの状況が未だ信じられず、思考回路が追いつかないまま言葉が出て来なくて、ただ楓様に引っ張られて行く。


楓様が仰った意味は一体どういうことか……。

次第に心が落ち着きを取り戻して行くと、ふと浮かび上がってくる疑問。

その途端に思い出した、先程の出来事。
お誕生日をお祝いしたいという一心で言ってしまった自分の気持ちは、よくよく考えてみれば、もう告白に近い形になっていたような気がする。

あれだけの思いをぶつけてしまい、しかも泣いてしまったくらいだから。

それについて後悔は全くないけど、何とも恥ずかしい真似をしてしまったと、今更ながらに私は頭の中がパニック状態になってしまった。


「美守大丈夫か?顔、大分赤くなってるぞ」

気付けばそんな私をからかうような目で見ていた楓様は、不意にご自分の顔を至近距離で近付けてきて、小さくほくそ笑む。

「何なら、もっと恋人気分にさせてやろうか?」

しかも、何とも艶っぽい声で熱い吐息混じりにそう耳打ちされてしまい、私は余りの刺激にその場で崩れ落ちそうになった。

「おおおお願いしますっ!も、もう、これ以上はご勘弁して下さいっ!」

だから、その色気から何とか逃れようと、涙目になりながら楓様から離れる。

「ああ。そうだな」

そんな私を相変わらずからかうように笑うも、握った手は離すことなく、楓様はそのまま前を向いて再び歩き出した。

てっきり直ぐ離されるのかと思っていたのに、予想と反してずっと握られたままの状況に、鼓動は先程からずっと激しく鳴りっぱなしでいるけど、とりあえず、気持ちを落ちつかせる為に、私は小さく深呼吸をする。

それから、伝わってくる楓様の温もりに集中し始めると、同時に沸き起こってくる体の奥からじんわりと感じる狂おしい程の熱。

綺麗な紅葉に囲まれ、その雰囲気に段々と酔いしれていき、更に熱に浮かされていく私は、気付けば楓様の手をぎゅっと握り返していた。

途端に楓様はこちらの方へと振り返り、綺麗な琥珀色の目が私を捕える。

その眼差しに恥ずかしさが込み上がってくるけど、この気持ちはちゃんとお伝えせねばと。脈打つ鼓動を何とか抑えて、恐る恐る上目遣いで彼を見返す。

「……あ、あの。確かにここは、恋人達には最適な場所みたいです」

そして、何だかしてやられた気分に陥りながら、正しく自分も今そんな気分に浸っている状態を、顔を真っ赤にしながら、視察の同行者として正直に打ち明けだのだった。
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