3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇
「……はあ。そろそろ時間か……」
あれから私達はカフェエリアに足を運び、テラス席で温かいコーヒーを飲んでいると、楓様はふと腕時計に目を向けた途端、深い溜息を吐いた。
「この後ご予定があるのですか?」
何やら憂鬱そうな面持ちに、私は心配になって声を掛ける。
「まあな。これから親父と浅野家で会食すんだよ。誕生日祝なんて名ばかりの、俺らを繋ぎにして両家の同盟関係を結ぶんだろうな」
すると、とても気怠そうな様子で説明してきた内容に、私はこれまでフワフワとした幸せな気持ちが一気に地面へと引き戻される感覚に陥る。
「……楓様は本当にもうすぐご結婚されるのですね……」
これが楓様の幸せに繋がるとは思えないけど、それについてはもう話すなと以前言われてしまったので、これ以上何も言う事が出来ず、私は言葉を濁す。
「ああ。大手の浅野商事と繋がれば海外事業の話も一気に進展するし、もうそれを見越した計画も立て始めているから、このまま進めば特に問題は無いだろう」
その上更に追い討ちをかけるように、楓様はとても凛とした顔付きに変わると、未来を見据えて語るその眼差しは、今私が考えていることが浅はかだと思えてしまう程真っ直ぐだった。
本当に、楓様は自分の幸せよりも、仕事に人生を掛けている方だということを改めて実感させられ、私は複雑な想いについ視線を足元へと落としてしまう。
その時、楓様は飲み終えたマグカップをテーブルに置くと、急に椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、俺はもう行くから。今日は付き合わせて悪かったな」
まさかここでお別れとは思っていなかったので、不意をつかれた私は慌てて席から立ち上がる。
「いえ。こちらこそ貴重なお時間をご一緒させて頂き、ありがとうございました」
本当はまだまだ一緒に居たかったと。名残惜しい気持ちを何とか表に出さないように、私は笑顔で深く一礼した。
それから踵を返して楓様は立ち去ろうとした手前、突然その場で動きが止まり、私は不思議に思い声を掛けようと口を開いた時だった。
「……本当は、毎年この日が憂鬱だったんだ」
突然ぽつりと呟かれた言葉に、私は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「けど、始めの頃は悪いことなんて何もなかった筈だったのに……」
背中を向けられているので、楓様が今どんな表情なのか良く分からないけど、静かな口調でそう仰った言葉が、私の心にじんわりと響いてくる。
「美守のお陰で思い出したよ」
そして、振り向きざまに見せてくれた笑顔はとても穏やかで、柔らくて、心からの優しさを感じた。
「楓様……」
そんな笑顔を見れたことと、自分の想いがちゃんと伝わったことが嬉しくて、思わず涙が出そうになり、気付けば愛しさのあまり彼の名前を口にしていた。
「それはそうと、来週から出張があったりで暫く忙しくなるんだ」
すると、感傷に浸る間を与えることなく突然話題を変えられ、一瞬きょとんとしてしまったが、“忙しくなる”という言葉に大きく反応を示した私は、段々と期待に満ちた眼差しへ変わっていく。
「だから、あの部屋を確保しとけ。それで、また俺を満足させることだな」
やっぱり命令口調ではあるものの、その期待通り、もしくはそれ以上のものを与えてくれた楓様に、自然と口元が緩み出し、表情が明るくなり始めていくのが自分でも分かる。
「はい。お任せ下さい」
今度は私の好きなようにしていいとのことなので、これからは今まで以上に私の想いを楓様に示していこうと。
それで、彼の心からの笑顔をもっと見れるようにと。
そんな願いを込めて、私は満面の笑みで大きく頷いたのだった。
「……はあ。そろそろ時間か……」
あれから私達はカフェエリアに足を運び、テラス席で温かいコーヒーを飲んでいると、楓様はふと腕時計に目を向けた途端、深い溜息を吐いた。
「この後ご予定があるのですか?」
何やら憂鬱そうな面持ちに、私は心配になって声を掛ける。
「まあな。これから親父と浅野家で会食すんだよ。誕生日祝なんて名ばかりの、俺らを繋ぎにして両家の同盟関係を結ぶんだろうな」
すると、とても気怠そうな様子で説明してきた内容に、私はこれまでフワフワとした幸せな気持ちが一気に地面へと引き戻される感覚に陥る。
「……楓様は本当にもうすぐご結婚されるのですね……」
これが楓様の幸せに繋がるとは思えないけど、それについてはもう話すなと以前言われてしまったので、これ以上何も言う事が出来ず、私は言葉を濁す。
「ああ。大手の浅野商事と繋がれば海外事業の話も一気に進展するし、もうそれを見越した計画も立て始めているから、このまま進めば特に問題は無いだろう」
その上更に追い討ちをかけるように、楓様はとても凛とした顔付きに変わると、未来を見据えて語るその眼差しは、今私が考えていることが浅はかだと思えてしまう程真っ直ぐだった。
本当に、楓様は自分の幸せよりも、仕事に人生を掛けている方だということを改めて実感させられ、私は複雑な想いについ視線を足元へと落としてしまう。
その時、楓様は飲み終えたマグカップをテーブルに置くと、急に椅子から立ち上がった。
「それじゃあ、俺はもう行くから。今日は付き合わせて悪かったな」
まさかここでお別れとは思っていなかったので、不意をつかれた私は慌てて席から立ち上がる。
「いえ。こちらこそ貴重なお時間をご一緒させて頂き、ありがとうございました」
本当はまだまだ一緒に居たかったと。名残惜しい気持ちを何とか表に出さないように、私は笑顔で深く一礼した。
それから踵を返して楓様は立ち去ろうとした手前、突然その場で動きが止まり、私は不思議に思い声を掛けようと口を開いた時だった。
「……本当は、毎年この日が憂鬱だったんだ」
突然ぽつりと呟かれた言葉に、私は喉まで出かかった言葉を飲み込む。
「けど、始めの頃は悪いことなんて何もなかった筈だったのに……」
背中を向けられているので、楓様が今どんな表情なのか良く分からないけど、静かな口調でそう仰った言葉が、私の心にじんわりと響いてくる。
「美守のお陰で思い出したよ」
そして、振り向きざまに見せてくれた笑顔はとても穏やかで、柔らくて、心からの優しさを感じた。
「楓様……」
そんな笑顔を見れたことと、自分の想いがちゃんと伝わったことが嬉しくて、思わず涙が出そうになり、気付けば愛しさのあまり彼の名前を口にしていた。
「それはそうと、来週から出張があったりで暫く忙しくなるんだ」
すると、感傷に浸る間を与えることなく突然話題を変えられ、一瞬きょとんとしてしまったが、“忙しくなる”という言葉に大きく反応を示した私は、段々と期待に満ちた眼差しへ変わっていく。
「だから、あの部屋を確保しとけ。それで、また俺を満足させることだな」
やっぱり命令口調ではあるものの、その期待通り、もしくはそれ以上のものを与えてくれた楓様に、自然と口元が緩み出し、表情が明るくなり始めていくのが自分でも分かる。
「はい。お任せ下さい」
今度は私の好きなようにしていいとのことなので、これからは今まで以上に私の想いを楓様に示していこうと。
それで、彼の心からの笑顔をもっと見れるようにと。
そんな願いを込めて、私は満面の笑みで大きく頷いたのだった。