3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇




「天野君、おはよう。ちょっと良いかな?」

出勤して早々、私は御子柴マネージャーに呼び止められ、何事かと思い返事をすると、何やらそのまま人気のない場所へと連れ出されてしまった。


「あ、あの……、私はまた何か粗相をしてしまったのでしょうか……」

朝から深刻な表情をされている御子柴マネージャーに不安が募り始め、私は恐る恐る伺う。

「いや、君は相変わらず良くやってくれているよ。そのお陰か、楓様も少しずつ変わり始めているような気がするしね」

しかし、表情とは裏腹に、とても穏やかな口調でそう仰って頂いた言葉が素直に嬉しく思え、つい口元を緩ませてしまう。

確かに、自分でも薄々そんな気はしていたけど、こうして周囲の方にも言われると、それが確信へと変わっていき段々と自信に繋がってくる。

「それについては、とても喜ばしいことだと思うんだ。……けど……」

すると、御子柴マネージャーは再び不穏な空気を漂わせ徐々に声のトーンを落としていくと、最後には口を閉ざしてしまう。

一体何があったのか全く想像もつかないけど、今までに見たことのない程の御子柴マネージャーの深刻な顔付きに、私はただ事ではない気がして、今度は変な緊張感に襲われていく。

「何やら懇親パーティーの後、東郷代表が君のことを色々聞いてきてね。あの方がここの従業員を知りたがるなんて始めてだったから……。パーティーの時、何かあったのかな?」

そして、御子柴マネージャーの話に、私は大きな衝撃を受けてしまった。

まさか、知らないところでそんな動きがあったなんて。
何故東郷代表が自分の事を聞いてくるのか。私が専属のバトラーだからなのか。
確かに、あの時少し驚いた表情を見せていらっしゃったけど……。

そういえば、言われてみて思い出したけど、それ以上に大きな反応を見せていた時があった。

それは、楓様が私の事を名前で呼んだ瞬間。

それ以降私は東郷様に鋭く睨まれてしまって、その視線の意味が最後まで分からなかった。

もしかしたら、それが原因で東郷代表が私の事を気になり始めたのだろうか……。

何だかどんどんと良からぬ方へと思考回路が働いてしまうため、とりあえず御子柴マネージャーには当時あった事をありのままご報告した。


「…………驚いた。まさか楓様がそこまで君に心を許していたなんて……」

話を聞き終わった後、御子柴マネージャーは驚愕した表情で私を見ると、暫くその場で黙り込んでしまう。

「あ、あの……。楓様はただの呼び名だって仰っていました。だから、それが直接の要因になり得るのでしょうか?」

私も最初こそ少し期待はしていたけど、本人がそう言うのならそれ以上の深い意味はないように思え、益々謎が深まっていく。

「それは、あの方自身が気付いていないだけだよ。他人を下の名前で呼ぶなんて、呼ばざるを得ない状況であるか、もしくはよっぽど気を許している相手じゃないとあの方は気軽に呼ぶなんて絶対にしない。ましてや、我々みたいな従業員なんて尚更だ」

私は真剣な眼差しを向けて力説してくる話に説得力を感じ、思わず生唾を飲み込んで御子柴マネージャーの顔をじっと見つめた。

「おそらく、君という存在は思っている以上に楓様に影響を及ぼしているのかもしれない。だから、東郷代表も自然とそれを感じ取った……」

そこまで話すと、再び口を閉ざしてしまい、この場に重たい沈黙が流れる。

かくいう私も、御子柴マネージャーの言葉に何だか信憑性を感じ始め、嬉しい気持ちの裏側に、不安が襲いかかってきて、同じように黙り込んでしまう。
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