3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇




楓様をお迎えするため、玄関前で待機している途中でふと時刻を確認したところ、既に午後九時を過ぎている。

当ホテルをご利用時は相変わらず帰りが遅く、やはりお身体が心配になってしまう。

そんな不安を抱えていると、程なくして楓様の姿が見えてきて、私は背筋をピンと伸ばす。

「楓様、おかえりなさいませ。今日もお仕事お疲れ様でした」

ようやく言えた“おかえりなさい”という言葉に喜びを感じ、私は満面の笑みを向けた後、深く頭を下げる。

「……ああ」

いつもなら、何も言わず黙ってビジネスバックを投げてよこすのに、今日は珍しく返事があった上に、鞄を持ったまま中に入ろうとするので、私は慌てて後を追いかけた。

「楓様?お鞄お持ちしますよ?」

普段と違う反応に戸惑いながら、私は彼の横を歩いて顔を見上げる。

「もういい。鞄ぐらい自分で持つから」

しかし、それを断った上に今まででは考えられないような配慮ある発言に、一瞬面を食らってしまった。

けど、目に見えて分かる楓様の変化に、嬉しさがこみ上がり、私は彼に寄り添うように少しだけ距離を縮めて隣を歩く。

「あら。それ早速使って下さったのですね」

すると、紺色のネクタイの脇できらりと光った金色の紅葉模様が彫られたネクタイピンに目が止まり、私は嬉しさのあまり思わず指摘してしまった。

「……まあ、結構気に入っているしな」

そう仰ると、照れていらっしゃるのか。不意に私から視線を逸らし、明後日の方向を見つめる楓様の姿が何とも可愛らしく、胸が締め付けられる感覚に、意識をしていないと表情がすぐに緩んでしまう。

「ところで、楓様。今日はお時間も遅いので、夕食は軽めに致しますから、明日の朝食はしっかりと召し上がってくださいね」

それから気を取り直し、楓様から指示されるよりも先に、以前仰られた通り自らの判断で今日のメニューを決めてみる。

それが果たして良かったのか、少しだけ不安に感じなら返答を待っていると、楓様は穏やかな眼差しをこちらに向けてきた。  

「分かったよ。それじゃあ、朝は和食にして」

そして、素直に頷いて下さった上、今まで食事には全くの無頓着だった方がメニューの要望までされた事に内心驚きながらも、私は笑顔で首を縦に振る。



「楓様はお好きなメニューはありますか?仰って頂ければ積極的に取り入れますよ」

「そうだな……卵料理なら何でも。あと肉よりは魚だな」

「それでは、明日の朝食は銀鱈の西京焼きなんていかがです?」

「ああ。悪くないじゃん」

これまで付き添っている間はずっと話しかけるなオーラを出していらっしゃったけど、休日を共に過ごして以降、今では気軽に話せる程柔らかい雰囲気になり、気付けばあっという間に3121号室の前へと到着していた。

その間に知ることが出来た、楓様のお好きな食べ物。
それと、「悪くない」という言葉の裏側は、気に入っているという意味なのだと。今までの経験から振り返ってようやくそのことに気付けた。

この短時間の間に色々と楓様のことを知ることが出来、私は何も理解出来ずに苦しんでいたあの頃を振り返ると、随分進歩したと改めて実感し、高揚とした気分になる。
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