3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
急に楓様の長い指が伸びてきたかと思うと、私の髪の毛にそっと触れてきて、驚きのあまり思わず肩が大きく震えた。

「………何でだろうな……」

すると、暫く無言でいた楓様が何処か一点を見つめて突然ポツリと呟いた一言に、私は開こうとした口を閉じる。


「肩を揉まれた時も、手を繋いだ時も、今だって……。何でこうも俺は……」

何やら段々と顔を歪ませ、苦しそうな表情で独り言のように語り始める楓様。

その変貌っぷりに面を食らった私は、興奮状態に陥っていた心が段々と落ち着き始め、黙って彼の言葉に耳を傾ける。

「ただ、自分の目的が達成出来るなら、それ以外のものなんて何もいらなかった。……それなのに……」

まるで私に何かを訴えているようで、徐々に震え出す声。

そして私の目を捉える琥珀色の瞳は次第に揺れ始めて行き、その表情は今にも泣き出しそうなくらい、とても弱々しかった。

「………楓様?」

何故こんなにも悲しそうな表情をされているのかが分からない。

分からないけど、触れてしまえば直ぐにでも壊れてしまいそうで、そんな彼を救いたくて、気付けば手を伸ばしていた。

しかし、私が触れるよりも先に楓様の方から離れていき、何事もなかったように定位置に座り直してから小さく息を吐く。


「…………今日はもう下がれ。明日の朝食もいらない」

そして、突然全てを覆すような発言に、私は理解出来ず身を乗り出してしまう。

「どうされたのですか?何処か具合でも……」

「いいから、出てけ!」

心配になり、カップをテーブルに置き、楓様の元へと歩み寄ろうとした途端、それを拒絶するように怒鳴られてしまい、私はそこで動きがぴたりと止まる。


一体彼に何が起きたというのだろうか。

この短時間で一変してしまった態度に、思考が追いついていかないまま、私はその場で呆然と立ち尽くしてしまう。

けど、楓様はもうこちらの存在を完全に無視して仕事を再開し始めたので、このままここに立っていても仕方ないと悟った私は、片付けをした後、無言で一礼をして部屋を後にした。
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