3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
東郷家では俺と会話をする人間は、基本家政婦くらいしかいなかった。

けど、あまり家事情に干渉しないよう指導されているのか、頻繁に話すような事はなく、家政婦も入れ替わりがあるので、その人間に対して特に思い入れなんてない。

食事の時は一応家族揃っているが、その時の会話は俺を抜かして盛り上がっていて、まるで空気のような扱い。

学校で起こった出来事や、仕事の話など、母親が生きていた当時は会話が絶えることなんてなかったのに、この家に来てから自分の話なんて一度もしたことがない。

初めの頃は一人じゃないと安心していたのに、これでは一人でいる時と何も変わらなかった。


そのうち人と話す感覚が段々と薄れていって、今までクラスの人間とも気兼ねなく話していた筈なのに、転校してからは周りで楽しげに話す奴らが何だか憎らしく思えてきて、誰かと一緒に過ごすことも苦痛になってきて、気付けば一人でいる事が多くなっていた。

テストで全教科満点を取っても、東郷家の人間は誰も見向きもしないし、それが当たり前とさえ思われている。

一方、兄貴が満点とはいかず、それなりに良い点を取って帰れば、親父と義理の母親は満面の笑みを向けてとても喜んでいて、それは、当時母親が俺にしてくれた時と同じ反応だった。

誰も俺には関心を向けず、感情も見せないけど、兄貴にはたっぷりと注がれている二人の愛情。

学校行事も必要最低限の時に親父だけが来て、義理母が俺に関わることなんて一切なかった。

何度も見せつけられる兄貴と俺の待遇の違い。
その度に、なんで今自分がここに存在しているのかが分からなくなる。


最後に笑ったのはいつだったか。

人と一緒に過ごすってどんな感覚だったか。

家族ってなんなのか。


時が過ぎる度にその記憶はどんどんと薄れていって、最初は母親を恋しく思い、寂しさと悲しさで押しつぶされそうになっていたけど、気付けばそんな感情も徐々に消えていき、心が空っぽになっていた。
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