3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「ちょっと失礼しますね」

若干意識がまだ朦朧とする中、急に美守の手が伸びてきて、俺の額にぴたりとあててくる。

その瞬間、驚いて体が小さく反応し、咄嗟に避けようとも思ったけど、額から感じる冷えた手が気持ち良くて、再び心地良さが襲って来た。


人に触れられると、こんなにも安心出来るなんて。

そう思う度に昔の記憶が蘇るのは、もうこれで何回目になるだろうか。


ひしひしと伝わってくる、こついが誠心誠意俺に尽くそうしている気持ち。
それは、ただ仕事だからという理由だけではないのは、もう知っている。
その時点で、俺はこいつを解任しなくてはいけないと何度も思った。

けど……。


「うーん、熱はもうなさそうですが、一応体温は測って下さいね」

そう言うと、美守は優しく微笑みかけて、俺からそっと手を離す。

しかし、それを逃したくなくて、気付けば俺はこいつの手を掴んでいた。

「か、楓様!?」 

やっぱり、俺が触れる度にいつもと変わらない反応を見せるこいつは何度見ても面白くて、飽きない。

そして、俺が他人に対してこんな感情を抱くのは、大人になってから美守が初めてだ。

他人から思いっきり怒鳴られたことも、自分のために泣いてくれることも、心から笑ってくれることも、真心を込めて接してくれることも。

全部、美守が初めてだった。

だから、俺はおそらく出会った当初から、そんな感情を剥き出してくるこいつの事を、無意識に求めていたのかもしれない。

それが、きっと美守をバトラーに選んだ本当の理由なんだ……。


そう確信し始めてくると、俺は掴んでいた美守の手をそっと自分の頬にあてた。


……ああ。やっぱり、なんて心地良いんだろう。

これだけで、今までの苦しみが和らいでくるような気がする。

けど、俺がこいつを本気で求めてしまっては、今まで培ってきたものが全て崩れ落ちてしまう気がする。

それに、そもそも俺は美守には釣り合わない。

闇に堕ちた者が触れるには、あまりにも純粋無垢で綺麗すぎるから。

だから、この感情は全部手放さなくてはいけない。

いつまでも悪あがきをしてはダメだ。

もう、いい加減にしっかり現実と向き合わなくては。
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