3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「嫌です。そんな苦しそうな声では離れられません。何を言われても、今の楓様の顔は見たくありませんから」

それなのに、そう嗚咽混じりに縋られると、また足枷となり、蔓と化して俺の心に絡みついてくる。

「私は楓様の色をもっと沢山見たいんです。いつもぶっきらぼうですが、たまに不貞腐れたり、時折り優しかったり、極たまに笑って下さったり……。その度に堕ちていって……愛さずにはいられなくなってしまったんですから」

そして、まさかここで告白されるとは予想だにもせず、しかも、“あの声”と同じ言葉を言われてしまった事に、何かがひび割れていくような音がする。


なんだよ。

さっきからずっと口答えばっかりしやがって……。
 

……それに。 


なんで、こいつはこうもあの人と一緒なんだ。


これじゃあ、俺はもう…………。



「……っ」


これ以上言葉が出てこない代わりに、一粒の涙が溢れ出る。

その瞬間、まるで川の流れを堰き止めていた物が一気に外れたように、涙が止めどなく溢れてきた。


泣くことなんてもうないと思っていたのに。

東郷家に引き取られてから。

俺が異端な存在だと知った時から。

自分の幸せを諦めてから。

もう二度と泣くことはないと思っていたのに。

それなのに、まるで長年溜めていたものが今ここで一気に解放されたように、もうこの涙を止める事が出来ない。


「美守……」

だから、俺は縋り付くようにこいつの体を思いっきり抱きしめてしまった。

もう体裁なんてどうでも良かった。

母親が死んでから初めて受けた、純粋で真っ直ぐな“愛”というものに何も抵抗出来なくて。



……ああ、ダメだ。


俺は、いつからこんなにも、こいつで満たされていたのだろう。

いつから、“幸せ”というものに期待をしてしまったのだろうか……。
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