3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
一先ず、いつもの起床時間より早めに部屋を訪れた私は、高鳴る気持ちを落ち着かせようと、小さく深呼吸をする。

何はともあれ、深夜の段階で熱はもう下がっていたので、おそらく大丈夫だと思うけど、まだ心配なので、一応薬等の準備をして私は3121号室の鍵を開けた。



「……あ。お、おはようございます。お身体はもう大丈夫なのですか?」

部屋の奥へ進むと、丁度シャワーを終えたばかりなのか。髪が濡れたままで、バスローブ姿の楓様が洗面所から出てきた所に出会した私は、不意を突かれてしまい、頬を赤く染めながら咄嗟に視線を逸らしてしまう。

てっきりまだ寝ていらっしゃるのかと思っていたので、心の準備が出来ていないまま、こうして顔を見ると、恥ずかしさでまともに目を合わす事が出来ない。

とりあえず、こうして動けているということは体調は回復しているみたいなので、私は密かに胸を撫で下ろした。


「……ああ、もう平気だから。……色々、悪かったな」

楓様も同じような心境なのか。
バツが悪そうな様子で明後日の方向に視線を向け、暫しの間部屋中に気まずい空気が流れる。
 
「あ、あの、楓様食欲はどうですか?昨日はお粥ぐらいしか召し上がっていないので、大丈夫でしたらしっかりとした朝食をご用意致しますよ」

とにかく、いつまでもこの沈黙状態を続けるわけにもいかないので、私は何とか平静を取り繕って話題を転換させる。

「でも、病み上がりなので、軽めの和食にしますか?ご希望であれば、卵料理とお魚料理もご用意しますので……」

未だ楓様から何も反応がないけど、ここで途切れてしまうとまた気まずい空気になってしまいそうなので、私は一人で勝手にどんどんと話を進めていく。

すると、突然楓様の両手が伸びてきたかと思うと、私の体を包み込むように優しく抱き締めてきて、驚きのあまり軽い悲鳴を上げてしまった。

「か、楓様!?」

まさか、ここで再び楓様の温もりに包まれるとは予想もしていなかったので、私は全身湯気立つ程に熱くなり始め、頭の中はパニック状態になってしまう。

「ついでに何でもいいから、フルーツも食べたい」

すると、抱き締められているので表情は見えないけど、普段とは明らかに違う、甘えるようなとても柔らかい口調でそう言われてしまい、今までの態度では考えられない振舞いに、私の胸をぎゅうぎゅうに締め付けてくる。

どんどんと溢れ出てくる愛しい気持ちに身を委ねて、このまま抱き締め返したい。

果たして、そんな私の想いをまた楓様は受け入れて下さるのでしょうか……。

でも、こうして下さるのだから、きっと……。

そう思い、昨日はいとも簡単に出来たけど、今回はそういう訳にもいかないので、緊張で体を震わせながら、恐る恐る楓様の背中に両手を回してみる。

やはり、抵抗はされなかったので、安心した私はそのまま楓様の体を同じように優しく抱き締め返した。

「……分かりました。私にお任せください」

そして、再び満たされていく感覚に浸りながら、私も楓様の全てを受け入れるように、更に腕に力を込める。


こうして、何を言うわけでもなく、私達はそのまま暫く抱き締め合った。

相変わらず激しく脈打つ鼓動は、おそらく楓様に伝わってしまっているのでしょう。
けど、楓様の鼓動も小刻みに震えているのが伝わってきて、これだけでお互いの気持ちを確かめ合える気がする。

本当なら“愛してる”ともう一度言いたい。

……けど、あれから冷静になって考えてみると、この現状ではまだそんな気安く言ってはいけないような気がして……。

楓様の中でどう気持ちを整理していくのか。それがはっきりするまでは、この言葉を言うのは控えようと。
でも、行動では引き続きしっかり伝えていこうと。

そう思い、とにかく今は楓様のお側に居られる幸せを噛み締めながら、余計な考えを振り払って今このひと時に全神経を集中させたのだった。
< 180 / 327 >

この作品をシェア

pagetop