3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから、私達は何事もなかったかのように普段通りの朝を迎えた。

朝食をご用意して、コーヒーを一杯淹れた後、楓様はそれをゆっくりと飲みながら、複数の新聞に目を通す。

そして、身支度を整えてから、私はお見送りのために一緒にホテルの玄関口へと向かった。


「おはようございます」

すると、外で待っていらっしゃった白鳥様は私達を見るや否や、軽く頭を下げて朝の挨拶をしてくる。

「どうやら、一日で回復したみたいで良かったです。あの状態からよく短時間で持ち直しましたね」

昨日はあれ程心配されていらっしゃっていたのに、本人の前だといつもの冷めた態度になられるのは、何だか何処となく楓様と似ているような気がする。

……なんて、心の中でそう呟きながら、私は密かに笑みをこぼす。

「俺の免疫なめんなよ。とりあえず、向こう着いたら昨日出来なかった会議を早々に始めるから」

すると、病み上がりだというのに、普段通りの勢いで職務に励もうとする楓様の姿勢が何だか心配になり、私は出過ぎた真似だとは思いつつも、慌てて二人の間に割って入ってしまう。

「楓様、あまり無理はしないでください。回復したとはいえ、昨日はなかなかの酷い症状だったんですから。今日も出来る限り早めに帰ってきてくださいね」

だから、念を押すように忠告してみたものの、予想通り楓様は不服そうな目で私を見てくる。

「今夜はお風呂をご用意しますから、ゆっくり浸かってください。そのあとは、またマッサージをして差し上げますから。あれから、楓様のために色々と腕を上げたんですよ?」

けど、その視線には負けじと、何とか早く帰ってもらおうと、私はあれこれ必死になりながら提案してみる。

「分かった。それじゃあ、期待してるから」

それから、ようやく楓様は柔らかい表情になると、口元を緩めてやんわりと微笑んでくださり、笑顔にまだ慣れない私は、それだけで頬が一気に熱を帯びていくのを感じた。

「……なんでしょうか……」

その時、突如ポツリと呟かれた白鳥様の一言に、私達は同時に振り向く。

「何だかお二人、新婚みたいな雰囲気ですね」

すると、何食わぬ顔でさらりと言われてしまった思わぬ発言に、私だけではなく楓様も酷く驚いて、耳が赤くなっていくのが分かった。

「冷やかしはいいから、行くぞ」

それを誤魔化すように、楓様はぶっきらぼうにそう言い放つと、私には構わずさっさと行ってしまわれた。

いってらっしゃいの言葉が言いたかったけど、流石の私も恥ずかしさに負けてしまい、何も言えずにそのまま楓様の後姿を見送る。

「……天野様」

その時、不意に隣に立っていた白鳥様に呼び掛けられて振り向くと、先程の無表情からうってかわり、とても穏やかな笑みを浮かべながら私の目をじっと見てくる。

「色々と、ありがとうございました」 

そして、一言そう仰ると、白鳥様は軽く一礼をしてから先を行く楓様の後を小走りで追いかけて行ったのだった。


私は暫くその場で呆然と立ち尽くす。


……これで、良かったのでしょう。

楓様のしがらみが少し緩まって、私の気持ちを受け止めて頂き、今朝だって優しく抱き締めて下さり、微笑んで下さった。

これは、恋愛経験皆無の私でも分かる、もう期待してもいいということ。

昨日瀬名さんから言われた言葉も、今なら素直に認めてもいい気がする。


楓様も、白鳥様も今まで見てきた中で一番穏やかなとてもいい表情をされていたし、私もこの瞬間をずっと夢見ていた。

それがようやく実になって、今は幸せな気持ちしかない。

だから、これから良い方向に傾いてくれれば……。
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