3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「美守先輩、おはようございますー」

その時、背後から知った声が響き、ふと我に返った私は声のした方へ振り返ると、丁度出勤してきた桜井さんがこちらに向かって満面の笑みで手を振ってきた。

「桜井さん、おはようございます」

相変わらず屈託のない彼女の笑顔に癒されていく私は、会釈して朝の挨拶をする。

「本当に専属バトラーって大変ですね。お客様が宿泊中は付きっきりだし、美守先輩も暫く家に帰ってないんじゃないですか?」

すると、出勤早々に表情を曇らせて私の心配をして下さる桜井さんの心遣いが有り難くて、私は口元を緩ませたまま首を横に振る。

「確かにそうですが、バトラーの仕事はルームサービスの時より更にホスピタリティが必要というか……。私にとってはやり甲斐があって、今とても充実してい……」

「それはそうですよ!何てったってあの東郷様相手ですからっ!さっきから見てましたけど、やっぱりめちゃくちゃ綺麗で超イケメンですよね!そんな方の専属だなんて羨まし過ぎるっ!しかも、なんかお二人雰囲気いい感じでしたよ?」

だから、余計な心配はさせまいと本心をお伝えした途端、そんなのは杞憂だったと思うくらい目を輝かせながらあらぬ方向に話を持っていかれた桜井さんの最後の言葉に、私はまたもや赤面状態になってしまう。

まさか、そこまで見られていたとは。

しかも、白鳥様と同じようなことを言われてしまうなんて、普段通りの対応をしたつもりなのに……。

けど、周りの方達がそう仰るのなら、そんなに良かったのでしょうか……。

なんて、段々と恥ずかしさが込み上がってきて、視線を逸らすと、突然桜井さんに距離を縮められ、私は小さく肩を震わす。

「美守先輩、もしかして強奪作戦成功したんですか?」

その上、不敵な笑みを浮かべて何時ぞやのとんでもない計画話を持ち掛けられてしまい、私の顔面の温度はさらに上昇していく。

「なななな何を仰っているのですか!?そ、そんなことは……」

ないと言おうとしたけど、つい先程自分でも期待していいと認めたばっかりなので、私は最後まで否定する事が出来ず、口篭ってしまう。

「ええ!?マジで成功したんですかー!?」

その反応が肯定と捉えられてしまい、桜井さんはこれまでにない程に更に目を輝かせてきて、その圧に押されていく私は思わず数歩下がってしまった。

「成功なんて……、婚約はまだ解消されていませんし……」

それに、楓様のお気持ちだってまだ直接は何も聞いていないというのに。

今の段階で断言するにはまだ時期早々なような……

「そんなの、これからどうなるか分からないじゃないですか!もしかしたら、このまま行けば本当に婚約者から東郷様を奪えるかもしれませんよっ!」 

すると、今度は拳を握り締めて、強い目力で力説をし始める桜井さんに、またもや私はたじろいでしまう。
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