3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
“婚約者から東郷様を奪う”

桜井さんに言われた言葉を頭の中で繰り返した途端、東郷グループの懇親パーティーの後、通路で会った泉様の険しい顔が思い浮かんでくる。

そして、懇親パーティーの時に睨まれてしまった東郷代表の顔も。


これから楓様がどのような行動をするのか全く分からないけど、桜井さんの言うとおり、本当にもしこのまま泉様との婚約が解消されるような事になったとしたら。

それによって、御子柴マネージャーに警告された事が、実現されてしまったら……。


何だかんだ言っても、正直あの時はまだ実感が湧いてこなかったけど、こうして楓様と心が通い合えた今、じわりじわりとその恐怖が襲って来る。

それを全て覚悟の上で私は堕ちていくことを受け入れたというのに、もし本当に無理矢理引き離されて、二度と楓様と会う事が出来なくなってしまったら……。

こんなに彼で満たされてしまった私は、その状況に果たして耐えられるのでしょうか?



「美守先輩どうしたんですか?急に顔色が悪くなってますよ?」

すると、暫く黙り込んでしまった私の顔を桜井さんは心配な面持ちで覗きこんできて、私はそこで我に返った。

「いえ、何でもないですよ。それより、お時間大丈夫ですか?そろそろ始業時間が迫ってきてますが……」

一先ず今の心境を悟られないように、私はその場を取り繕うと、ちらりと腕時計に目を向ける。

「あ、そうでした!すみません、それじゃあ私はこれで!また今度ご飯食べにいきましょうねー」

そう言うと、桜井さんは慌てた様子でその場から駆け出すと、去り際に満面の笑みで再び私に大きく手を振って下さった。

相変わらずのフレッシュさにまたもや自然と笑みが溢れていく私は、そのまま彼女の後ろ姿を見送る。

同時に再び襲いかかってくる不安感。もしここを離れてしまったら、その桜井さんとも頻繁には会えなくなってしまう。

瀬名さんとも、御子柴マネージャーとも。

ただでさえ辛いのに、心を許せる方達が周囲から消えてしまったら……。

私は、自分を保つ事が本当に出来るのでしょうか……。


気を緩めると、どんどんと恐怖心が膨れ上がってきて、私はそれを何とか振り払おうと自分の両頬を軽く叩く。

例え、そうなる恐れが出てきたとしても、だからと言って楓様に対する気持ちは何も変わらない。

だから、今は余計なことを考えずに、只ひたすらに彼を愛しいこうと。

私は改めて気合を入れ直し、拳を強く握り締めたのだった。
< 183 / 327 >

この作品をシェア

pagetop