3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

……おそらく、今の関係ならもう大丈夫でしょう。

そう確信を持ち、私はあの時聞けなかった質問をここでしてみようと意を決する。

「楓様がいつもお飲みになっているシャンパンには、一体どんな思い入れがあるのですか?」

前回は返答して下さらなかったけど、ありのままの姿を見せている今の楓様ならきっと答えて下さると。

期待に胸を膨らませながら、私は彼の横顔をじっと見つめた。

「……そうだな。あれは実の母親が好きだったものなんだよ。昔からことある毎にあのシャンパンを飲みながら煙草を吸っていて……記憶に残っている唯一の姿だから、俺は自ずとその面影と思い出に縋っていたんだろうな……」

私の問いかけに対し暫しの間口を閉ざしてしまったけど、楓様は嫌な顔を見せることなく、一点を見つめながら想い馳せるようにゆっくりと説明して下さった話に、私は衝撃を受けてしまった。

もっと明るい話なのかと思っていたのに、まさかあのシャンパンにそんな深い意味が込められていたなんて……。

何だか触れてはいけないものに触れてしまったような気がして、胸が段々と苦しくなってくる。

「一人で居る事を望んでいた筈なのに、結局心の何処かでは人を追い求めていたのかもしれない。……だから、酒も煙草も止められなくて、母親が誇りとしていたこの名前も重荷だったけど、嫌いにはなれなかった……」

しかも、そうやって昨夜のように寂しそうな表情で胸の内を語って下さる楓様の横顔をこれ以上見ていられなくて、私は思わず距離を詰めて彼の肩に自分の頭を置いた。

“私がずっと側にいます。”

そう断言したかったけど、もしかしたら引き離されてしまうかもしれないという恐れから、易々とその言葉が言えなくて。
だけど、気持ちは分かって欲しくて。

またもや我ながら何て大胆なことをしてしまったのだろうと、内心かなり焦ってはいるものの、やはり辛そうな楓様の顔は見たくなくて。
今の自分に出来ることと言えばこれぐらいしかなかった。

それから暫く楓様からの反応はなく、一体今どのような表情をされているのかは全く分からないけど、こうして拒絶されずに受け入れて下さるのであれば、きっとこの思いは伝わっているのでしょうと。

そう確信ながら、何も言われないのを良いことに、私は暫く楓様の温もりに身を預ける。

「……楓様、今日はいつもの飲まれますか?」

そして、長い沈黙が流れる中、私は何気なくそう尋ねてみると、突然楓様の腕が伸びてきて、私の左肩をぎゅっと掴んできた。

「いや、いらない。元々好きって訳でもなかったし、これからは止める」

急に肩を抱かれたことと、予想外の楓様の返答に驚いて私は咄嗟に顔を上げる。

「美守がいれば、もう必要ないから」

すると、とても穏やかな表情でこちらに視線を向ける楓様と目が合い、優しい声で仰って頂いた言葉が私の心に染み渡っていく。

おそらく、今までずっと誰にも寄り添わず、孤高に生きていらっしゃった楓様にとって、心の奥底でお母様の存在が唯一の支えとなっていたのでしょう。

そんなとても大切な方の代わりになれたことが嬉しくて。凄く愛しくて。
油断していた私は、自然と涙が溢れ落ちてしまった。


「あ……も、申し訳ございません。最近涙脆くなってしまって……」

泣くつもりなんてなかったのに、涙腺が弱くなってしまったせいでなかなか止めることが出来ず、私は楓様から手を離して慌てて涙を拭う。

その時、左肩を抱いていた楓様の手が、今度はそっと私の頭に添えられ、まるで大切なものを扱うように優しく撫でてきた。

「本当に、もう俺の事で泣くな」

そして、呆れながらも、宥めるように耳元で囁いてきた楓様の甘い声が体中に溶け込んできて、お陰で涙は瞬時に止まった。

……ああ、ダメです。

こんなに甘やかされては、愛しさに押し潰されて、もうどうにかなってしまいそうです。

私は溢れ出る想いを何とか抑えようと、目をきつく閉じてじっと堪える。
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