3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「そうだ。楓様マッサージはいかがですか?あれから従業員の方に色々やり方を教わったんですよ。ベットに横になって頂ければ全身もして差し上げますから」

一先ず気を紛らわす為に、私は磨きをかけた技を披露しようと、顔を上げて促してみる。

「………………いや。寝室には来るな」

それなのに、一間置いてから何故か視線を外され断られてしまい、軽いショックを受けるも、楓様の挙動が理解出来ず私は首を傾げた。

「どうかしました?寝室なんて何度も行ってますけど?体調を崩された時もそうですし、楓様がなかなか起きてこなかった時も……」

「そうじゃない。とにかく肩だけでいいから」

なので、理由を尋ねようとしたら、食い気味に遮断されてしまい、しかも何やら不機嫌になってしまった様子に私は益々訳が分からなくなる。

とりあえず、マッサージの許可は降りたので、私は持っていたカップをテーブルに置き、早速定位置につく。

それから、肩に触れてみると入浴された後でもやはりそれなりに固まっていて、私はマッサージ師の方から教わったやり方を実践してみた。

もみ始めは手のひら全体を使い、肩全体を優しくさする。
それから、鎖骨や肩甲骨を肩先の方向へ流すのを繰り返してから、指を沈めるようにゆっくりと力を入れていく。

そう言われたことを思い出しながら、私は一つ一つの動作を丁寧に行い、楓様にマッサージを施す。

「どうですか?」

我ながらに上手くやれている自信があり、私は目を輝かせながら腕のほどを尋ねてみる。

「いいじゃん。大分プロっぽくなってるよ。もうマッサージは美守ので十分かもな」

すると、柔らかい笑顔を向けながら、この上ない褒め言葉を頂き、私は軽い感動を覚えた。 

「そういえば、楓様の実のお母様ってどんな方だったんですか?」

マッサージを施しながら、ふとそんな疑問が思い浮かび上がった私は、何気なく聞いてみると、楓様は暫く一点を見つめながら黙り込んでしまった。

「……そうだな。もう殆ど記憶には残っていないけど、覚えているのはよく笑う元気な人だったな。……一緒に居ると楽しくて、温かくて、寂しいと感じたことはなかったかも」

それから、当時を懐かしむように語ってくれる楓様の表情はとても穏やかで、嬉しそうで、それだけでどんな人だったのかが伝わってくる。

「そんな素敵な方なら、是非一度お目に掛かりたかったですね」

しかも、楓様とそっくりだという話なので、余計にその思いが強まり、私はつい願望を口に出してしまった。

「……それなら、家来るか?一応写真は残ってるし」

そんな私の願いが思わぬ方向へと向かい、私は驚きのあまり動かしていた手を止めてしまう。

「い、いいのですか?」

これまでホテルの生活でしか見てこなかったのに、まさかプライベートの空間にまで足を踏み入れる事が出来るなんて。

信じられない展開に、私の鼓動は徐々に早さを増していく。

「滞在も今日までだしな……。仕事も少し落ち着くから、今度休みが合う日にでも来いよ」  

そんなこちらの動揺を気にする事なく、楓様は微笑みながら尚も促して頂き、私はもう頷くしかなかった。
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