3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
__翌朝。
作夜は何事もなく過ぎていき、チェックアウトの日を迎えると、私は定刻に朝食をお出しするため3121号室を再び訪れる。
「楓様、おはようございます」
「おはよう、美守」
今朝も私が起こす前に既に起床されていて、鏡の前に立ちながらネクタイを締めていらっしゃるところに笑顔で挨拶をすると、楓様はこちらに首だけ向けてやんわりと微笑み返してくださった。
ただ朝の挨拶を交わしただけなのに、これだけで胸が高鳴ってしまうとは。
もはや以前の楓様とは別人ではないかと思うくらい、180度変わってしまった態度になかなか慣れないため、私の鼓動は未だに些細なことでも反応してしまい頬が赤くなっていく。
「最近朝はしっかりと起きられていますね。何だか始めの頃が嘘みたいです」
一先ずこの動揺を悟られまいと、私は視線を逸らして早速運んだ朝食をテーブルに並べる。
「あの時は単純に睡眠時間が足りなかっただけだし。……まあ、美守に起こしてもらうのも悪くはないけどな」
身支度を整え終えた楓様は、ダイニングテーブルの椅子に座ると、最後は含み笑いをしながらこちらに視線を向けてきた。
「楓様が一回で起きて下さるなら、今度からは毎回お越しに伺いますよ」
あの時のようになかなか起きないのは大変だけど、そうじゃなければ、無防備で可愛らしい寝起き姿もまた見てみたくて、私は期待の眼差しで楓様を見返す。
「ここだと負担をかけるからいい。一緒に暮らしているなら話は別だけど」
しかし、楓様の気遣いによりその提案は却下されてしまったものの、何食わぬ顔でさらりと仰った最後の言葉に、私はつい過剰反応してしまった。
「そ、それは、ど、どういう意味で……」
まさかと思いながら、徐々に早さを増していく鼓動を抑えながら、震える声で尋ねてみると、そんな狼狽える様子が可笑しかったのか。楓様は口元を緩ませて悪戯に笑った。
「例えばの話だよ。まあ、その気がない訳ではないけど」
しかも、いつもの冗談で終わるのかと思いきや、割と真剣な表情でこちらを見据えてくるため、私は益々反応に困り狼狽えてしまう。
「でも、今はまだ無理だな。全てを片付けてからじゃないと……」
すると、急に楓様は神妙な面持ちへと変わると、私から視線を逸らし、思い詰めるように一点を見つめ始めた。
「……楓様?」
突然黙り込んでしまったことに不安を覚えた私は、思わず彼の名を呼んでしまう。
「いや、何でもない」
けど、私の心配をよそに楓様は柔らかい表情へと戻ると、それ以上何も答えてはくださらなかった。