3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
こうして愛し合う仲になれたとしても、まだ踏み込めない一線があることを知り、私は密かに肩を落としてしまう。

おそらく、私に打ち明けたところでどうしようもない話なのかもしれないけど、出来ることなら全力で支えたいのに。
未だ何かを一人で抱え込もうとする楓様の姿に、段々と胸が痛み始めてくる。


とりあえず、今の私に出来るのは、温かいコーヒーを淹れて差し上げることぐらいで、気付かれないように小さく溜息を吐くと、私は湯気立つカップをそっとテーブルに置いた。

「楓様、今度会う日までに食べたいものを考えといて下さいね。出来る限り御要望には応えていきますので」

それから、気落ちしているのを悟られないよう話を戻すと、楓様はふっくら焼き上がったトーストにバターを塗りながら小さく唸った。

「……そうだな。強いて言うなら…………」

すると、楓様はふと何かを思い出したように顔を上げてからそう呟くと、何故だかそこで話が止まってしまう。

「ウインナーが入った甘いオムレツ……。久しぶりにまた食べてもいいな」

少しの間沈黙が流れた後、遠くを見ながら思い馳せるような目でリクエストしてきた楓様の様子に、私はその意味が自ずと伝わってきた気がする。

「それはお母様がよく作って下さったんですか?」

だから、それを確かめるように尋ねてみると、楓様は無言で首を縦に振った。

「子供の頃好きだったから、飽きるぐらいに食卓に出されてて。……けど、あれから一度も食べてないと何だか恋しくなるもんだな」

そうしみじみと答えて下さった姿が、何処か憂いを帯びているようで。切ない気持ちに駆られてきた私は、思わず拳を握り締めてしまう。

「それならば、そのオムレツに合ったメニューを考えておきますから、期待していて下さい」

なんて。それから楓様の話によって段々とやる気に満ちてきた私は、つい自分でハードルを上げてしまったと後から後悔する。

「分かった。楽しみにしてるから」

けど、目を輝かせながら満面の笑みを向けられてしまい、その笑顔がとても眩しくて。これは本格的に料理の研究をしなければいけないと、私は新たな目標を定めた。
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