3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
__それから三十分後。
全ての行程が終わり、私は楓様と一緒にダイニングテーブルに順次料理を並べていき、飲み物も用意したところで、ようやくお昼ご飯が出来上がった。
「いただきます」
二人で向かい合わせに座り手を合わせると、私よりも先に楓様はまず初めにペペロンチーノにフォークを刺してパスタを巻き、それを口に運ぶ。
味見した時は丁度いい塩加減なので、おそらく大丈夫だと思うけど、楓様には果たしてお気に召して頂けるか。そもそもとして味の感想を仰って頂けるのか。
暫く無言で咀嚼する姿に、私は不安と緊張でなかなか箸が進まなかった。
「うん。めっちゃ上手い」
すると、そんな私の気持ちを知ってか、知らずか。
楓様はこちらを一瞥してから口元を緩ませた後、満面の笑みで頷いて下さり、ようやくそこで私も笑顔になれた。
「良かったです。いつものように何も仰って下さらないのかと思っていました」
ホテルではどんなお料理に対しても無言で食事をなさっていたので、今回もそうなのではとあまり期待はしていなかった分、嬉しさが倍増し、安堵の息が自然と漏れ出る。
「それとこれじゃ話が全然違うだろ。外で出されるものにいちいち感想なんか言ってられるか」
そう至極当然のような顔で言って退ける楓様の言い分に、それもどうなのだろうと疑問に思ったけど、兎に角自分の料理に対してはしっかりとお褒めのお言葉を頂けたので、私は安心してようやく自分の料理に手をつけ始めた。
ペペロンチーノは程よい塩加減と、唐辛子のピリ辛具合が丁度良く、海鮮の出汁もしっかりと出ていたので、確かに我ながらよく出来たと思う。
あとは……。
残る一番の不安材料はウインナー入りのオムレツ。
こればっかりは美味しく出来たとしても、果たしてその味で良いのか正解が分からないので、私はドキマギしながら、楓様がオムレツに手を伸すところを黙って見守る。
それから、フォークで刺してそれを口に運び、再び無言で食べる様子に、先程とは比べ物にならないくらいの緊張感が襲ってきた。
「……ど、どうですか?」
その緊張から早く解放されたくて、我慢出来ず今度は自ら味の感想を尋ねてしまう。
「…………」
しかし、待てど暮らせど返事がなく、無表情で沈黙が続き、私はどんどんと絶望の淵へと立たされていく。
「あ、あの……。やっぱりお母様のような味付けにはいかないですよね……」
これは失敗だったのか。
何も仰ってくれない状況に、私はがっくりと項垂れた時だった。
「いや。店のとは違って、家で食べるような味が凄く懐かしいよ」
一変して楓様はとても嬉しそうな目で微笑んで下さり、私はその笑顔で一気に奈落の底から天にも昇るような気持ちになっていく。