3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
懐かしいということは、昔の味を無事に再現することが出来たと思っていいのでしょう。 

そう確信した私はようやく全ての不安が取り除かれ、気持ちが緩み始める中、ふとある疑問が浮かび上がる。

「東郷家では味付けが違かったのですか?」

何気なくそう尋ねた後、そこでハッと気付き、後悔が押寄せてきた。

楓様にとって東郷家は辛い場所でしかないのに、無神経にもその過去に触れるようなことをしてしまったなんて。

私は冷や汗を垂らしながら彼を見ると、予想に反して全く気にする素振りを見せることなく、楓様は顎に手を当てて宙を見た。

「あっちでは基本家政婦が作ってたけど、味付けは真逆だったな。母親は甘めが好きで、東郷家では塩気の方が強かったかも」

それから、淡々とそう応えて下さったので、とりあえず気に触れるような事じゃなくて良かったと胸を撫で下ろす。

そして、楓様のご実家では甘い味付けが支流だったという新たな情報を得られ、私は更に気分が良くなった。

「けど、今までの料理の中で、美守が作ったものが一番上手いよ」

その上、無垢な笑顔で最上級の褒め言葉を頂いてしまい、危うく涙腺が緩みそうになってしまう。

愛されるようになってから、楓様も躊躇うことなく素直にご自分の気持ちを伝えて下さり、欲しい言葉を惜しみなく与えてくれる。

まさかこんなにも純粋で真っ直ぐなお方だったなんて。

本当に、心を見せられるのは何でこんなにも愛しく感じ、暖かく、嬉しいものなんだろう。

もしかしたら、楓様もこんな気持ちなのだろうか。

私と同じように、幸せを感じて下さっているのでしょうか。

この想いがしっかりと伝わっているのか、不安はいつだって拭いきれないけど、でも、この嬉しそうな表情を見れば何だか自信が湧いてくる。
だから、楓様が喜ぶためなら何だってして差し上げたい。

「そ、それなら楓さんが良ければ、また作りに来てもよろしいですか?」

そう思って、私は勇気を振り絞り、今度は自分から二度目の訪問を恐る恐る提案してみる。

「当たり前だろ。何の為にあんなに調理器具揃えたと思ってんだよ」

すると、そんな私の様子を呆れるような目で見ながら、当然のように提案を受け入れて下さり、私は自然と笑みが溢れ落ちる。
 

それから、次はどんな料理にしようかとか、今度は何処かに出掛けてみようかとか。
これからの話に花が咲き、私達は終始笑顔を絶やさず穏やかなお昼の時間を満喫した。
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