3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「……誕生日を誰かに祝ってもらったのは子供の頃はこれが最後だったな……」

そんな写真を眺めながら、少し影かかった表情で楓様はそう呟くと、それからポツリとポツリと東郷家での暮らしを語り始めて下さった。

それは、想像してた以上に悲惨で、残酷で、もはや虐待と言っていい程聞くに耐えがたいものだった。

それから、東郷家で迎えた初めての誕生日から義理母に首を絞められ続けていた事。

その話を聞いた瞬間、ホテルのソファーでうたた寝していた楓様にブランケットをかけようとしたら拒絶されたことを思い出し、これでようやくその意味が分かった私は、思わず涙が溢れそうになった。

いくら我が子を失った悲しみからとはいえ、楓様には何も関係ない話であって、その恨みをぶつけるのは余りにも身勝手で、彼に一生のトラウマを残した罪はとても重く、怒りと悔しさで体が震えてくる。

そして、楓様がお誕生日をあれ程までに忌み嫌っていたことも全部その話に繋がることだと分かると、あの時無理矢理だったけどお祝いすることが出来たのは本当に良かったと心から思う。

これからは毎年楓様のお誕生日は、お母様が生きていらっしゃった時のように盛大にお祝いをして、悲しい記憶を少しづつでも和らいでいければと。私は気持ちを新たに決意を固める。


その後これまでの生い立ちの話を全て聞き終えるまでに、私は何度泣きそうになったことだろうか。

楓様も壮絶な過去を平然とした様子で淡々と語っていらっしゃるから、そんな姿に余計悲しみが増して、最後の方には耐えきれず目に涙が浮かんでくる。


「……だから、もう俺の事で泣くなって言っただろ」

そんな私を横目に、楓様は呆れた顔で深い溜息を吐くと、突然私の膝の上に仰向けで寝っ転がり、満足気な表情で私を見上げてきた。

「か、楓さん!?」

急に膝枕をする事になり、驚きのあまりお陰で涙は瞬時に引っ込んだけど、その代わり溶けそうなくらいの熱が全身を駆け巡り、もう顔は湯気が出そうな程真っ赤になっているのが自分でも分かる。

「喋り疲れたから少し休んでいい?」

その上、猫撫で声でそう尋ねる楓様の甘い表情は爆発的な破壊力を持ち、それに見事やられた私は多大なる庇護欲が湧いてきて、無言で首を縦に振った。

「楓さんって実は甘えたがりなんですね」

私は激しく鼓動が鳴り響く中、なんとか平静を装い、まるで子供をあやすように楓様の頭を優しく撫でながら悪戯な笑みを浮かべて少し皮肉混じりに言ってみる。

これまで私の反応を弄んでいたお返しという意味も込めて揶揄ってしまったけど、楓様は嫌な顔せずに、むしろ更に満足気な表情になってゆっくりと目を瞑った。

「別に良いだろ。この心地良さが手放せないんだ」

そして、その一言にこれまで孤高に生きていた彼の想いが全て込められている気がして、私は嬉しさと愛しさと切なさで体が震え出し、もういくらでも甘えて欲しいと心から願った。
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