3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「そういえば、天野さん早番だよね?帰るタイミング合ったら家まで送ろうか?馴れ初め話気になるし」

すると、瀬名さんから願ってもいない嬉しいお誘いに、一瞬食いつきそうになるのを、私はすんでのところで堪えた。

「すみません。私も瀬名さんに是非お伝えしたいのですが、仕事が終わったら少しだけ楓さんと会う約束をしてまして……」

これまで色々と相談にのって下さった瀬名さんには、私達の事情をしっかりと報告したいのに。

そう思いながら、せっかくのご好意を断るのは心苦しく、私は決まりが悪くなって視線を外してしまう。

「もしかしてデート?」

そんな私とは裏腹に、どこか楽し気な様子で尋ねてくる瀬名さんの質問に、私は慌てて首を横に振る。

「ちょっと忘れ物を取りに行くだけです。楓さんはまだまだお仕事がありますので」

欲を言えば瀬名さんの言うようにこの後二人で食事とかしたかったけど、これから忙しくなる彼にそんな余裕は当分なく、私は少しだけ肩を落として笑ってみせた。

「本当に東郷様っていつも忙しい人なんだね。あまり会えないと寂しくならない?」

そんな私の気持ちが伝わったのか。瀬名さんの気遣いが有難いと思いながらも、私は咄嗟に再び首を横に振る。

「確かに、寂しくないといえば嘘になりますが、楓さんに愛されていると思えばそれだけで満たされますので」

それから頬が赤くなるのを感じながら、満面の笑みで微笑むと、瀬名さんは暫く黙ってこちらを凝視してくるので、私は訳が分からず狼狽えてしまう。

「天野さんも全力で人を好きになるタイプだよね。つくづく俺達って似てると思うよ。なんか、良い友達になれそう」

そして、まさかの友達発言に私は一瞬面を食らったけど、確かに瀬名さんとは前々から気が合うと思っていたし、今では何でも打ち明けられる仲になった。

「もうお友達みたいなものじゃないですか?今度またご飯行きましょう。私も瀬名さんの馴れ初め話を聞きたいですから」

だから、出過ぎた真似かもしれないけど、私の中でも自ずとそう感じるところがあって、大胆にも友達宣言と次の食事まで提案をしてしまった。

本当に、ちょっと前の自分では考えられなかったけど、今はそれくらい私は瀬名さんに大分気を許しているのだと改めて実感する。

「いいね。その時は多分惚気話だけで終わっちゃいそう」

「ですね」

瀬名さんも嬉しそうに二つ返事をして下さると、今度は友達として、私達は二回目の食事会をする約束をその場で交したのだった。
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