3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「安心して。いつものルームサービスオーダーだから、謝らなくても大丈夫だよ」

肩から感じる瀬名さんの手の温もりと、相変わらずの優しい言葉が身に染み渡り、強張っていた表情が徐々に緩みだす。

「そ、そうですか。分かりました。……で、では直ぐに行って参ります」

しかし、平常心を取り戻したと同時に、今度は別の不安が押し寄せてきて再び表情が固まり始める。

多忙で今の今まで知らなかった東郷様のご宿泊。

ここ数日平穏が続いていたので、すっかり油断していたけど、ついにまた訪れてしまった。

しかも、勤務終了間近でオーダーが入ってしまうとは。

私はつくづく自分の不運さを呪いながら、薄れてきた筈の嫌な記憶が蘇り、体が小さく震え始める。

「天野さん。もしかしたら何もないかもしれないよ。あの現場に遭遇する確率は大体五分五分だから」

そんな私の様子に気付き、気を遣ってフォローをして下さる瀬名さんの言葉に、私は少しだけ表情が明るくなった。

「そうなんですね。……でも、大丈夫です。ホテルマンとしてどんな状況でも受け入れて対応しなくてはいけないので」

そう自分にも言い聞かせながら、私は握った拳を胸に充てる。


ここの階層での職務を全うしていきたいと同時に、沸き起こる使命感。

ホテルマンの仕事を生涯続けようと決めた以上、きっとこれからも沢山の困難が待ち受けているかもしれない。 

勤務してまだ数年なのに、こんな事で逃げ出してしまってはそれこそ自信なんて何も無くなってしまう。

だから、私は余計な雑念を払拭して、力強い眼差しで瀬名さんを真っ直ぐ見つめる。

「流石だね、天野さん。それじゃあ、健闘を祈るよ」

すると、真っ白な歯を見せながら笑う瀬名さんの眩しい笑顔に、私の心は不覚にもまたもや鷲掴みにされてしまったのだった。
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