3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇



____軽井沢勤務から早三日目。


一日の流れを掴み、あとは備品の保管場所や、マニュアルの詳細部分はまだ全部覚えきれていないけど、ホテル内の館内配置図は大体把握し、業務についても細いやり方は違えど、基本の流れはほば同じなので、昔の記憶を掘り起こしながらこなしていると、三日目にして何となく要領を得てきた。

「天野さんって凄いですね。まだ三日しか経っていないのに、私より仕事覚えるの早くないですか?」

そんな私の働きっぷりを隣で見ながら感嘆の声を漏らす宮田さんに、私は気恥しくなり、とりあえずにっこり笑って会釈する。

「当たり前でしょ。仮にも宮田さんより経歴が長いんだから。入ってまだ二年目の人と一緒にされても困るわよね?」

すると、それを見た門井主任は何処か棘のある言い方でやんわりとした笑顔をこちらに向けてくる。

「そんな事ないですよ。仕事の覚えは人それぞれのペースがありますから」

その笑顔が何だか少し怖くて、私は当たり障りのない返答をしてからその場を濁した。


なんでしょう。少しでも変なことを言ってしまうと足元をすくわれてしまいそうな……。
これは単なる被害妄想なのでしょうか……。


そう思いながら、私は引き継き各部屋の点検に回りながら、密かに小さな溜息を吐く。

あまり深く考えないようにしていこうと決めたのに、ふとしたところで疑心暗鬼になってしまい、細かい事でいちいち気にしてしまう自分の小心具合に、ほとほと嫌気がさしてくる。

私も楓さんのように体裁なんて全く気にしない性格だったら、今がどれ程気楽でいられるだろうか。

…………でも、楓さんはあまりにも気にしなさ過ぎといとうか……。

人前で営みを見られても平気な神経とは一体どんなものなのでしょうか……。


なんて、余計なことまで浮かび始めてしまい、よからぬ方向へと進もうとする思考回路を正すために、私は一人思いっきり首を横に振る。


兎にも角にも、午前中の仕事を出来るだけ早く終わらせて、昼一番に楓さんに連絡しようと。
そう思いながら、私は自分の腕時計に目を向けた。

向こうとの時差は13時間なので、早めの昼休憩が取れれば丁度いい時間帯に電話ができると意気込む私は、より一層気合を入れて職務に励む。


そして、特に問題もなく午前中の仕事が予定通り終わり、休憩時間に入った途端、私は足早にホテルの外へと飛び出した。

今は平日の昼間なので周囲に人気はあまりなく、とりあえず誰にも気付かれなさそうな場所を探していると、敷地の隅に茂みが覆っている所があったので、私は辺りを見渡し、人がいないことを確認するとポケットにしまっていた携帯を取り出す。

いよいよ電話をするとなると、段々と緊張が高まり、携帯を持つ手が震えてくる。

一先ず気持ちを落ち着かせる為に深呼吸をしてから、私は画面ロックを解除し、通話履歴から楓さんの名前がある場所に人差し指を向ける。
それから意を決して通話ボタンを押し、私は手の震えが止まらないまま受話器を耳にあてた。
< 234 / 327 >

この作品をシェア

pagetop