3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
通話をボタンを押してから五回目のコール音が鳴り響く。
……やっぱり、お忙しいのでしょうか……。
それとも、今日は早めに就寝されてしまったのでしょうか……。
一向に繋がらない状況に不安が募り始め、あと数回鳴らしたら諦めようと思っていた矢先だった。
「美守?どうしたこんな時間に?」
ようやく電話越しから聞こえてきた楓さんの声に、私は感激のあまり涙腺が緩みそうになってしまう。
「あ、あの、夜分にすみません!ちょ、ちょっと楓さんの声が聞きたくて。今お忙しいですか……?」
手始めにどう切り出せばいいのか。とりあえず、思ったことをそのまま口にしようと、私はしどろもどろになりながら不安げに尋ねる。
「全然。丁度今シャワーから出てきたところ。嬉しいな、俺もずっと美守の声が聞きたかったから」
すると、携帯越しから聞こえてくる楓さんのとても穏やかな声に、私の鼓動は徐々に速さを増していく中、ふと頭の片隅にある疑問が浮かび上がってくる。
「それなら、電話して下されば良かったのに……」
かくいう自分も自ら連絡を取ろうとはしなかったくせに、もっと沢山声を聞きたい思いから、つい身勝手な不満が外に漏れ出てしまった。
「それはそうなんだけどさ。それだけだと物足りなくなるんだよ。だから、欲求不満を避けたくて敢えて控えてる」
そんな不満に対し、楓さんの刺激的な返答によって体の熱が急上昇しだしたので、ひとまずこの話はここで終わりにしようと、私は話題を変えることにした。
「楓さんはお仕事どうですか?ちゃんとお食事はとっていますか?お身体は大丈夫ですか?」
そして、何よりも先に彼の健康状態が知りたくて、何だか母親のようだと自覚はしつつも、心配のあまり連続して質問を投げてしまう。
「全く、相変わらずだな。こっちは順調に進んでるし、睡眠もとってるから安心しろ。食事は……肉ばっかりだから飽きた。日本食もあるけど微妙だから美守の作ったご飯がめっちゃ恋しい。弁当も凄く美味かったよ」
けど、楓さんは呆れた様子も見せながらも何処か楽しげな口調でゆっくり答えてくださり、最後にはあの時渡したお弁当の感想まで頂けて、私は嬉しくて顔が自然とにやけてしまった。
「また今度作ってくれないか?けど、帰国したら先ずは早くあの部屋に戻って美守を抱き締めたいな」
その上、とても艶っぽい声で囁くようにそう言われてしまい、電話越しなのにまるで楓さんの熱い吐息を感じるような錯覚を覚え、体の奥がぞくりと震える。
そこから蘇る、香水とは違う、彼から漂うフェロモンのいい香りと、安心させる温もり。それと私に優しく触れる長い指と、甘くて絡み付く蕩けるようなキスをくれる濡れた柔らかい唇。
それを思い出しただけで、ようやく冷めてきた体の温度が再び上昇してきて、体が疼くような感覚に気が可笑しくなってしまいそうになる。
……だめです。
いくら求めても、今はもう……。
頭の中が楓さんでいっぱいになってしまう前に、この現状をしっかりお伝えせねばと。
ついにこの瞬間が来たことに、私は思わず生唾を飲み込むと、小さく息を吸い込んで覚悟を決める。