3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

……本当に、彼女にはほとほと悩まされてしまう。

こんな新人は初めて見るし、そもそもこの一流と謳われた東郷ホテルにあんな人が採用されるなんて、今でも信じられない。

弱みを握られて以降、それからは上司の目が届かないところで私に対して仕事を押し付けてきたり、お願い事を聞いてくれなかったり。彼女の態度はかなり傍若無人なものへと変わってきた。

もしかしたら、私は初めから宮田さんに嫌われていたのではないかと。そう思えるくらい、日に日に酷くなっていく彼女の当たりの強さに、毎日頭を悩まされてしまう。

けど、彼女は世渡り上手なのか。体裁を取り繕うことには長けていて、門井主任やその周りの方達にはあまり強気には出ず、自己主張しつつも従順な新人の姿を見せている。

だから、私が宮田さんの事をこっそり報告しても、おそらく誰も信じてくれないと思うし、まだ赴任したばかりの上、悪いイメージが払拭出来ない以上、ただ自分の首を絞めるだけだと思う。


本当に、この状況を今すぐにでも誰かに相談したいところではあるけど、一体誰にすればいいのか……。

楓さんには絶対に話したくないし、瀬名さんにはついこの間話を聞いて頂いたばっかりだし、こんな重い話を後輩の桜井さんにするのも何だか気が引けるし、そもそも向こうもまだ繁忙期の真っ只中ですし……。


そう思い悩んでいると、突然私用携帯の着信音がが鳴り響き、私はそこで我に帰ると、この時間帯に一体誰からなのか。疑問に思いながら携帯をポケットから取り出すと、画面には知らない番号が表示されていた。

けど、何故かこの数字に見覚えがあるような……。

そんな気がして、私は恐る恐る通話ボタンを押して応答してみる。

「天野様の携帯でよろしいですか?」

すると、携帯越しからとても馴染みある声が響き、私はその声を聞いた途端、これまで雲かかっていた気持ちが一気に晴れ、表情に花が咲く。

「ご無沙汰しております!驚きました。まさか白鳥様から直接ご連絡を頂けるなんて」

何となくそんな予感がしていたけど、見事的中して、私は嬉しさのあまりつい大きめの声で応対してしまう。

「楓様から事情を聞きましたので、僭越ながら、私も天野様と少しお話ししたいと思いまして。今大丈夫ですか?」

「はい。丁度これからお昼休憩なので。私も白鳥様とお話出来て嬉しいです」

相変わらず声に抑揚がなく無機質な感じだけど、今では何だかその声に安心感を覚える。

本当に、白鳥様とこうしてやり取りするのは久しぶりだった。

今はもう楓さんに関することは全て本人から直接連絡を頂いているので、彼とお付き合いを始めてから白鳥様とお話しするのはこれが初めてかもしれない。
だから、嬉しい反面、少しだけ緊張感も湧いてくる。

「今ここで長話をするつもりはありません。実は来週の中頃そちらに伺おうと思いまして。それで天野様の予定を確認したくてご連絡差し上げた次第です」

どんな事を切り出されるのかと思いきや、こちらの事情には特に触れず、突然の訪問のお知らせに私は一瞬思考回路が停止した。

「仕事終わりの時でもいいので、少しの時間ですが一緒に食事でもいかがですか?」

それから、更にお誘いまでして頂き、私は願ってもいない話に、誰もいない通路で一人大きく首を縦に振る。

「是非、お願いします!それでしたら、来週いっぱいまで早番なので夕方の五時以降でよろしければ空いてますよ」

「では、水曜日に伺いますので、その時にまたご連絡いたします。それでは」

久しぶりの会話だというのに、バトラーの時と同様に必要最低限の要件だけを述べて白鳥様は一方的に通話を切ってしまった。

本当ならもう少しお話ししたかったけど、おそらく白鳥様も楓さんの出張に同行していると思われるので、きっとお忙しいのでしょう。

……けど、確か楓さんの帰国はまだ少し先だったような……。
白鳥様だけ早くお帰りになられるという事なのでしょうか?

そんな疑問がふと沸き起こったけど、何はともあれ異動してから始めて都内にいた時の知人と会える事に、先ほどの不快な気持ちは一瞬で吹き飛び、来週に向けて今から心を躍らせたのだった。
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