3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

__一年後。



大分仕事に慣れ始め、調査物や、営業にも行くようになり、任される仕事量も徐々に増え始め、残業することが多くなってきた。

けど、それはあの男も同じで、私と同じか、もしくはそれ以上にほぼ毎日残って仕事に没頭していた。

見てくれはそんな風に感じない程淡白な人間なのに、やはり何だかんだ言っても次期後継者としての自覚はあるのか。
誰よりも積極的で熱心に働く姿に私はこの数ヶ月で彼の印象は大分変わった。

周囲の人間も東郷代表の息子として一目置いていただけに、想像以上の働きぶりに驚かされ、営業でも新人であるにも関わらず、次々と成果を挙げていく功績に皆圧倒されていた。

私も人と話すのは苦手だけど、調査物や交渉事は嫌いではないので、それなりに成果を上げてはいるけど、到底彼には追いつけず、同期の間でもどんどんと差が開いていった。

そして、裏ではそんな成績優秀、容姿端麗で頭脳明晰な上に財閥家の御曹子という彼を女性社員はほっとく筈もなく、あの男に近付くきっかけを掴もうと、同期である私を良く食事に誘ってくる。

その度にあれこれ聞かれるけど、業務中に会話をすることなんてなく、ましてやそれ以外では尚更話す機会がないので、当然ながらに出せる情報など持ち合わせていない。

だから、いい加減無駄な行為はやめて欲しくて、そういう面倒臭い人付き合いも徐々にキッパリと断り始めていった。



「それじゃあ、お先に」

時刻は午後七時を回ったところ。
報告書作りに集中していたら、気付けば時間はあっという間に過ぎていて、この後予定がある私は慌てて作業を中断し、パソコンの電源を切ってから、まだ目の前で仕事をしている奴にとりあえず挨拶だけする。

「…………なあ」

すると、いつもなら無視されて終わるところなのに、珍しく返答があったことに驚いた私は、東郷君の方へと視線を向けた。

「前々から思ってたけど、あんたってロボットみたいだよな」

一体何を言われるのかと思いきや、予想だにもしなかった一言に私は面を食らった。

「……何?帰り際に喧嘩でも売ってるの?」

それからすぐさま込み上げてきた怒りを抑えきれず、少しドスの効いた声で静かにそう言い返す。

「別に。ただそう思っただけ。あんたいつも無表情だし無口だから」

「その台詞そっくりそのままお返しするわよ」

これが仕事以外での初めての会話と言っても過言ではないのに、嬉しい気持ちなんて一つも湧いてくることはなく、自分のことを全く分かっていないこの男の言い分に私は呆れ顔で即座に反論する。

「俺にそんな態度を向けるのはこの会社内ではあんたが初めてだな。しかも女で」

けど、嫌味たっぷりに言い放った言葉は全く響いていないようで、しかもどこぞの漫画の台詞かと思うくらいの上から目線に私の怒りはまたもや上昇し始めていく。

「御曹子だからって自惚れないでくれない?あなただって今は私と立場は同じ筈でしょ」

確かに大半の人間はこの男を特別視するけど、私は例えどんな人間だろうと上司や先輩でない限り、下手に出る必要なんてないと思っている。
そもそも、媚へつらう事がこの世の中で一番嫌いなことだから。

学生時代もそうだったけど、自分を良く見せたいとか、嫌われたくないとか、そんな感情は今まで沸いた事がなく、愛想皆無で生きてきた私は、この男が言う通り周りからはロボットみたいだと思われいるのかもしれない。

「…………まあ、“今”はな」

なんて頭の片隅でそんなことを考えている最中、不敵に笑みを浮かべて意味深にポツリと呟く一言にとても悪意がこもっているように思えて、ほとほと私はこの男が気に食わない。

「あんたも優秀みたいだから、いずれはそれ相応の立ち位置につくんじゃないのか?」

すると、口元を緩ませたまま急に私を持ち上げるような事を言い始め、不意をつかれた私は一瞬面を食らってしまった。

「それはどうも。それじゃあ時間ないから私はこれで」

褒め慣れていないので、どう反応すればいいのか戸惑ってしまい、とりあえずこれ以上この男と会話をするつもりもないので、強制的に話を終了させて私はこの場を離れようと踵を返す。

「…………その時は上手く使わせてもらうから」

その時、聞こえるか聞こえないかの声量で私の耳に届いた東郷君の囁き声に驚いて振り向くと、奴はいつものようの黙々と仕事を再開していた。



……上手く使わせてもらう?

今のはわざと私に聞こえるように言ったの?

だとしたら、あの東郷楓は一体何を考えているのだろうか……。


いくら考えてもあの男の脳内なんて見えてくる筈もなく、とりあえず深く関わることは避けようと妙な警戒心が生まれてきた私は、足早にこの場を去っていったのだった。
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