3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
それから月日は流れ、このリーシング営業部に大きな仕事が飛び込んできた。
それは、数年後にオープンする新たな大型商業施設の開発計画だった。
その規模は今までの中では最大で、建設地も都内のど真ん中という時代先駆けをテーマにした、国内ブランドだけではなく海外ブランドも多く取り入れることで方針が決まったらしい。
店舗数も今までとは比べ物にならないくらいの多さに、殆どの人間がこの計画に携わらなければいけなくなり、これは暫く残業が当たり前の生活が続いてしまうと私は今から憂鬱な気持ちになってきた。
「それじゃあ、白鳥さんと東郷さんは雑貨担当でお願い。ここは特に海外系を多く取り入れて注目させたいから、営業頑張ってね!」
しかも、部門分けでまたもや東郷君と一緒になってしまい、ますますモチベーションが下げってしまう。
この男の得体の知れない所が嫌で、なるべく関わりを避けていたというのに、何故にこうも同じになってしまうのか。
偶然なのか必然なのかは分からないけど、自分の意思とは反して進む運命をつくづく恨めしく思ってしまう。
けど、雑貨部門といっても範囲が広いので、まさか営業担当まで一緒なんて事は流石に……。
「二人にはヨーロッパ雑貨店の“Liberte”の営業補佐を任せるよ。あそこのオーナーは堅物で有名だけど、注目されているからこのコンセプトには必要不可欠な店舗なんだ。だから、優秀な二人がいればきっと上手くいくと信じているから」
そう思っていた矢先、課長に言い渡された指示事項によって私は奈落の底へと突き落とされた。
それからというもの、私達はもう一人の先輩と一緒にLiberteの営業戦略を綿密に練り上げていった。
Liberteはこれまで海外ブランド専門のオンラインショップでしか取引をしていなかったけど、最近注目され始めているからか。国内にも店舗を持つようになってはきたが、その数は極小で、都内では銀座にしかない。
Liberteの製品は一つ一つが手作りで、品数は少ないけどその拘りは強く、値段は張るけど、どれも一品物なのでファンは多い。
オーナーも店舗のブランド性を下げない為に出店場所をかなり慎重に選んでいるのは有名な話なので、大型商業施設の一部に出店するなんて事は先ず考えていないと思う。
だから、向こうが求めそうなコンセプトに合った条件を提供しなくてはいけないので、相手を納得させるために私は幾度となく頭を抱えていた。
一方、東郷君はありとあらゆる所から知識を取り入れ、それを自分なりの考えで上手くまとめ上げて資料を着々と作り上げていく。
しかし、Liberteはどちらかといえば女性寄りのお店なので時折私にアドバイスを求めてきたりして一緒に作業をしたりもした。
この男のことは気に食わないけど、仕事に私情を挟むつもりはないので、そこは割り切って私も積極的にサポートに回った。
こうして営業用の資料が完成し、いざ本番に挑む今日。
私達よりも主体となる先輩の方がガチガチに緊張していて、何だか若干の不安を感じてしまう。
そんなこんなで事前にアポを取り、Liberteのオーナーの元に通されると、そこには妖艶な雰囲気を醸し出す短めのタイトワンピースを着た、三十半ばくらいの女性がにこやかな笑顔で出迎えてくれた。
思っていたよりも若いオーナであり、艶のある長い黒髪と、しかも豊満な胸を強調させるような胸元がかなり空いた服装に、先輩は違う意味で緊張しているようだった。
「……そうですね。御社の提案はとても魅力的なのですが、やはり大型商業施設の一部となると、我が社のブランド力が下がるというか……」
それから用意した資料で営業をかけてみるも、やはり最後にはそこに行き着いてしまい、私達はどう打開すればいいのか言葉に詰まってしまう。
今では数々の海外の高級ブランド店も出店しているというのに、何故大衆性をそこまで毛嫌いするのか理解出来ない。
確かにそのお店それぞれの考え方はあるかもしれないけど、この店舗は開発計画の中でも要となっている所なので是が非でも契約を取りたいところなのだけど……。
「貴社のご意見は良く分かりました。資料は置いておきますので気が変わったらいつでもご連絡下さい」
すると、商談をどう繋げていくか先輩と思考を巡らせていたのに、まさかのここで東郷君は満面の笑みを向けながらあっさりと身を引いてしまい、私達は驚愕の目で彼を見た。
「…………分かりました」
オーナは何故だか東郷君の事を暫く凝視した後、やんわりと口元を緩ませてから首を縦に振ったのだった。