3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
結局空振りに終わってしまい、路頭に迷いながら私達はその会社を後にする。 

この商談の為に綿密に調査をし、長い時間を掛けて資料を用意してきた分、自信はそれなりにあったのに、現実はそう上手くはいかないことに私は打ちひしがれていた。


「と、東郷君困るよ。勝手に話を終わらせるなんて、あそこは大事な顧客なのに……」

そのショックはきっと私達よりも、商談の責任を担う先輩の方が大きく、せっかく必死で繋げていこうとした矢先に希望を断たれてしまい、帰路に着く中弱々しく彼に訴える。

確かに、新人如きが主導権を握れるような商談ではないのだから、普通ならもっと激怒してもいい事案だと思うけど、先輩が強く出れないのはやはり御曹司という肩書のせいだからなのか。

「分かっています。けど、あの場ではオーナーは何を言っても引き下がることはないので時間の無駄です。それに、これ以上引き伸ばしても反感を買うだけです」

しかし、窮地に追いやられている先輩とは裏腹に、何故かとても落ち着きを払っていて余裕まで見せる彼の態度に私は訳が分からなくなる。

「それはそうなんだけど。この話は何としてでも前に進ませないと……」

「大丈夫です。俺に任してください」

それは先輩も同じで、困惑した表情で口を開いた途端、彼の一言によってそれは遮断された。

「任せるって、他にどんな方法があるのよ?資料はあれで全部の筈でしょ?」

他に何が出来るというのか。一緒に作業をしていた身としては全く検討もつかない彼の言い分に、私は怪訝な目を向ける。

けど、この男の性格上いい加減な事は決して言わないので、もしかしたら本当に何か策があるのかもしれない。

何だかんだ今では新人にして業績は営業部の中でトップ3に入る程の実力の持ち主。
だから、もう成す術がなくなった状況下、今は彼の謎の自信と実力に託すしかないのだろうか……。

「……分かった。とりあえず暫く様子を見るよ。俺も一回で決まるとは思っていなかったから、もう少し提案書を練り直してみるから」

そう思考を巡らせていると、先輩は深い溜息を吐いた後、彼の言葉を受け入れ、この話はここで終わらせた。

とりあえず、私も先輩が言うようにもう少し違った観点を取り入れてみようと思い、私達は本社に戻った後、今日得た意見を元に資料の作り直しをすることになった。

そんなこんなで今日からまた残業が続くのだろうと。定刻を迎えても一向に終わりが見えない事態に肩を落として作業を進めていると、突然目の前の男はパソコンの蓋を閉じ、さっさと帰り支度を始めようとするので、私は予想外の彼の行動に驚き勢いよく顔を上げた。

「え?もう帰るの?」

残業を強要するのは良くないと自覚はしているけど、普段は誰よりも遅く熱心に働いているだけあって、まさかここで、しかもこんな時に定時上がりをするとは思ってもいなかった私は思わず疑問を口にしてしまう。

「予定あるから」

けど、こちらの心配を他所に彼は無表情でそう言い残すと、さっさと職場を後にしてしまった。

あれだけ自信あり気に任せろだなんて言ったくせに、あっさり帰ってしまうとは、彼は一体何を考えているのだろうか。

それとも、本当に今日は大事な予定があって帰ったのだろうか。

そんな疑問が沢山浮かび上がってくるけど、とりあえず今は時間もないので作業に集中しようと。私は気を取り直して、再びパソコンと向き合うことにした。
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