3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
……え?誰?
これまで一度も見た事のない柔らかな彼の雰囲気に、私は何かの見間違いかともう一度目を擦ってみるも、状況は変わらず、そこで初めて絶句する。
信じられなかった。
今まで人の家庭環境には全く気にも留めず、平然と首を切っていた悪魔みたいな男がこんな表情をするなんて。
それに、家族愛なんて知らずに育ったのだとしたら、あんな微笑ましい親子の姿なんて興味すら示さないと思っていたのに。
実はまさかの子供好きだったのだろうか。
もしかして、極悪非道な彼にも人の心があったのだろうか。
「…………なに人の顔じろじろ見てんだよ」
なんて、頭が混乱している最中、こちらの視線に気付いた東郷課長はいつもの冷めた顔付きに戻り、ジト目で私を見てきた。
「いや。あの東郷課長が微笑ましそうな目で見ていたので意外だなと……」
私は嫌味たっぷり込めて思ったことをそのまま口にすると、何やら彼自身も気付かなかったのか。嫌な顔をする事なく、驚いた表情を見せると、戸惑いを隠せない様子で視線を明後日の方向へと向ける。
「……そっか。俺はそんな風になっていたんだな……」
そして、何やら意味深な事を呟き、今度は思い馳せるような目付きへと変わった。
それから暫く呆然と何かを考えているように黙り込んでしまい、私は益々訳が分からないまま、同じく黙って彼の様子を見守る。
一体あの親子から何があったのだろうか。
明らかに挙動がおかしい東郷課長に、私は色々思考を巡らせていると、ふとある考えに至った。
確か、彼は東郷代表の浮気相手から産まれた子供で、ある事情で引き取られたと話していた。
もしかして、そのある事情が関係しているのだとしたら。
今まで人に笑顔すら見せなかった彼が、あそこまで微笑むことが出来る何かがあったのだとしたら。
おそらく、それはきっと彼にとって温かく、愛が溢れているもので、それってつまり……。
「…………母親?」
色々と仮説を立てた結果、行き着いた自分の中での結論を思わずポツリと口にした途端、東郷課長はひどく驚いた様子で勢い良くこちらに視線を向ける。
「どうかしましたか?」
その反応を見る限りだとやはり図星だったのか。
確信付いたものを感じたけど、私は白々しく敢えてとぼけて聞いてみる。
「……いや。何でもない」
そんな私を彼は苦虫を噛み潰したような表情で睨み付けると、小さく溜息を吐いてからコーヒーを一杯口にした。
私は意外な彼の一面を知り、少し驚いたのと何だか切なさを感じてしまい、複雑な心境に駆られる中、何とかそれを面に出さないよう無表情を徹する。
やっぱり、悪魔だと思っていたこの男も人の子だった。それも、とても寂しくて、愛に飢えた人間。
そんな渇いた心を満たす方法は、自分の行い次第で如何様にでも出来るはずなのに、彼はその選択肢を自ら捨てている。
それが、もしあの時見せた憎しみと何か関係があるのだとしたら、彼はこの先ずっとそれに縛られ、飢え続けるのだろうか。
……なんて、本人からまだ何も真実を聞いていないのに、私の想像は勝手に膨らみ続けていく。
けど、あながち間違いでもないような気がして、私も一旦気持ちを落ち着かせる為に甘いフラペチーノを口に運んだ。