3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「宮田さん、502号室のコットン追加されていなかったみたいですよ。美容に拘るお客様なので、次からは気を付けて下さいね」
午前中の仕事が終わり、午後に入ってからチェックインがちらほら始まる中、私は先程受けた苦情を彼女に伝えるため、通路脇へと連れてその場で厳重注意した。
「あー、すみません。てか、コットンなんて使う分だけ自分で用意すれば良いじゃないですか。追加要求なんて随分ケチくさい客ですね」
「それは違いますよ。ここは快適に過ごして頂くことをモットーにしているんです。なので、出来る限りお客様の荷物を減らせるようサポート出来ることは……」
「はいはい分かりました。模範回答はもう聞き飽きましたから」
一向におもてなしについて理解をしようとしない彼女に何とか分かってもらおうと力説するも、最後まで聞く気がないのか、話は遮断してきた上に、うんざりするような目で髪をいじり始めてしまう始末。
……本当に、どうしたものでしょうか。
転勤者とはいえ、新人教育はしっかり行わなくてはいけないのに……。
これが門井主任ならもしかしたら状況は違かったのかもしれないけど、根本的なところはおそらく変わらないと思うので、やはり彼女にはホテルマンには向いていないと思う。
けど、まだ若いので頭ごなしに彼女の可能性を否定してはいけないと。何とかそう自分に言い聞かせてはいるけど、こうした態度をずっととられてしまうと、もう譲歩もしたくなくなってしまう。
「……はあ。何なんですかね」
すると、突然宮田さんは深い溜息をはいてから独り言のようにポツリと呟いた一言に、私は首を傾げる。
「毎日女子力磨いて努力しているし、処世術だって日々勉強しているのに、何で私は天野さんみたいになれないんでしょう」
急に何を言い出すのかと思いきや、何の脈絡もなく悩みを打ち明けられ、私はなんて返答すれば良いのか分からず、その場で狼狽えてしまう。
「天野さんって素材は確かに良いですけど、化粧とかそこまで気にしてないですよね?性格も真面目過ぎて面白くないし、男慣れだって全然ないし。なのに、何で御曹司に愛されるようになったんですか?」
しかも、遠慮なしにとても痛い所を何箇所も突かれてしまった上に、これまた返答に困る質問をされてしまい、またもや言葉に詰まってしまった。
けど、ここはもしかしたら彼女に悟ってもらう良い機会かもしれないと思い、自慢とかそういうのではなく、私は楓さんにしてきたこれまでの事をはっきりと話してみよう決意する。
「それは、ホテルマンとして精神誠意尽くしてきたからだと思いますよ。あと、自分の気持ちを正直に伝えることも。そうしてお客様との信頼関係を築くことは何よりも大切な事ですから」
果たしてこれが私を愛してくれる決め手となったのかは分からないけど、少なくともこれも要因の一つであると確信している。
だから、恋人を作りたいという打算的な理由は些か疑問を感じるけど、彼女のホスピタリティに繋がるものがあるならきっかけはこの際何でも良いと思い、つい熱がこもってしまう。
「…………そうですか」
再びお説教まがいになってしまい、またもや反感を買ってしまったのかと不安に感じたけど、今度は意外にもすんなりと頷いてくれて、私は少し拍子抜けしてしまった。
「宮田さんもまだお若いので、気持ち一つで素晴らしいホテルマンになれるはずです。なのできっと……」
「だから、私は玉の輿結婚をして直ぐ退職するので、そんなのはどうでも良いんです」
もしかしたら、理解して下さるかもと。期待を込めて後押ししようとしたら、結局振り出しに戻ってしまい、私はそこで意気消沈する。
……ダメです。やっぱり彼女には全く響いていません。
今まで私が話してきたことは一体何だったのか。
そのおもてなし精神が良い出会いに繋がるかもしれないと言いたかったのに。
結局理解しようとしない彼女に憤りを感じるよりも、これ以上説得出来ない自分の不甲斐なさに段々と悲しくなってくる。
「……という事なので、相手の事情は分かりましたけど、あまり私を待たせないで下さいね」
挙げ句の果てに、今まで触れて来なかったあの話を蒸し返されてしまい、鋭い目を向けてから彼女はこの場を立ち去ってしまった。
……やはり、ここは白鳥様に相談するしかないですね。
出来ればそうならないように話を持っていきたかったけど、失敗に終わってしまったので、自分の力不足を嘆きながら、とりあえず残された午後の仕事を早く片付けようと。私も急いで持ち場へと戻ることにしたのだった。