3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜


「……困りましたね。あなたはホテルマンとしての自覚が無いのですか?」

ポツリと低い声で呟いた白鳥様の一言によって、一瞬その場が静まり返る。

「仮にも、あなたは制服を着ているという事は、側から見ればまだ職務に従事していると認識されます。それなのに、周囲のお客様を無視して私的な事を大声で話すのは如何なものでしょうか?」

そして、いつも以上に冷めた目をしながら、抑揚のない単調な声で宮田さんに詰め寄り、静かに諭していく。

「……え、えと……それは……」

そんな厳しい指摘に宮田さんは何も反論出来ず、言葉を詰まらせながら、たじたじな様子で視線を泳がせていた。

「見た所まだ若そうですが、基本的な事が出来ていないのはそういった指導がされていなかったのですか?」

「は、はい。すみません。まだ入社したばかりなので至らない点が多々ありまして……」


……何を言ってるのでしょう。

接客の基本やホテルマンとしての在り方は門井主任を始めとして私も散々注意しているのに、こんないけしゃあしゃあとよくそんな嘘が言えるものですね。

そう思いながら、まるで借りて来た猫のようにしおらしくなっていく宮田さんを、ある意味感心しながら私は隣で眺める。

「そうですか。おかしいですね。ホテルマンの基礎は新人研修の必須科目ですが、それが得られていないということは、上職に問題があるという事でよろしいですか?それならそれ相応の調査に入りますが?」

「……え?そ、それは……」

すると、まさかそこまで話が発展するとは思っていなかったようで、段々と顔が青ざめていく宮田さんに白鳥様は更に距離を縮めていく。

「勿論、あなたの同僚である天野様にも事情聴取致します。彼女は前所属でも信頼のおける社員として評価されていますので意見は尊重させて頂きます。その結果によってあなたの処遇を決めさせてもらいますので」

それから容赦なく淡々と畳み掛けていく姿は、勇ましくもあるけど、何だかこっちまで恐怖を感じ始めてくる。

「えと、そんな大袈裟にする話ですか?それにあなたはあくまでただの秘書ですよね?そんな権限があるんですか?」

話が益々膨れ上がっていく事に、宮田さんは焦り始めていたけど、そのうち開き直ってきたようで、負けじと白鳥様に食ってかかってきた。

あくまで立場は新入社員なのに、よくそこまで強気に出れるなと。彼女の神経の図太さにまたもや違う意味で感心していると、突然白鳥様の眼光がきらりと鋭く光り、私はその光景にある既視感を覚えた。
 
「このホテルの方針に反する社員の行いは、小さなことでも見過ごせません。それに、確かに私はただの秘書ですが、我が社の欠点を経営者に報告する義務があります。なので、私の言葉はそのまま東郷グループの常務取締役、東郷楓としての言葉として捉えて頂いて結構です」

それから、狙った獲物を仕留めるように、バッサリと一刀両断していく姿が、ある人物と重なって見えてくる。

「……す、すみませんでした。以後気をつけます。そ、それじゃあ私はこれで」

流石の宮田さんも白鳥様の警告に完全に怯え切ってしまったようで、少しだけ目を潤ませると、一目散にその場から駆け出して行ったのだった。

私はそんな彼女の後ろ姿を暫く呆然と眺めた後、はたと我に帰り、慌てて白鳥様の方へと向き直す。

「あの、ありがとうございました。お陰で助かりました」

まさかの相談せずともこの場で宮田さんを厳しく戒めて下さり、白鳥様の洗練された所作に感激した私は心から感謝の気持ちを伝えた。

「いえ、お気になさらず。ただ小蝿を払っただけですから」

しかし、相変わらず表情一つ崩すことなく、さらりと酷な事を言ってのける姿は、正しく楓さんそのものだった。

……やはり、白鳥様と楓さんは似た者同士なのですね。

なんて、せっかく助けて頂いた方にそんな事を言うのは少し気が引けてしまい、とりあえず私は笑顔でその場を誤魔化した。
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