3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
ホテルを出てから歩いて約十分弱。
紹介されたお店は繁華街から少し離れた閑静な場所にあり、目立った看板もなく、一見してただの平屋の古民家みたいで、知らなければそのまま通り過ぎてしまいそうなくらい質素な造りだった。
けど、中に入るとそこはまるで料亭のような高級感を漂わせ、広々しており、お座敷一つ一つが壁で仕切られた半個室となっていて、とてもゆったり出来そうな落ち着いた雰囲気のあるお店だった。
時間帯が早く、ほぼ開店と同時に入ったので人はそれ程でもなかったけど、暫くすると店内はお客さんで一杯になっていて、ここが人気店なんだという事がよく分かった。
「今日はわざわざこちらまで来て下さってありがとうございます。久しぶりにお会い出来て嬉しかったです」
掘り炬燵式のお座敷へと案内され、料理を注文し終わってから、私は改めて遠路はるばる来て下さった白鳥様に感謝の気持ちを述べる。
「出張先がたまたまこの近場だったものですから。天野様もお元気そうでなによりです」
そう言うと、白鳥様は小さく口元を緩ませ、事前に出された温かいお茶をゆっくりと口に運んだ。
「今日は白鳥様お一人なんですね?私はてっきりまだ海外にいらっしゃるのかと思っていました」
確か楓さんの帰国は来週頃だと言っていたので、こうして秘書である白鳥様が単独行動しているのは何だか不思議に思えた。
「…………ええ、少し込み入った事情がありまして。私だけ先に昨日帰国しました」
すると、何やら暫く口を閉ざした後、意味深な言葉をポツリと呟き、私はそこから引っかかるものを感じた。
「もしかして、それは楓さんがこれからしようとしている事と関係があるのですか?」
彼は詳細を語ろうとはしなかったので、本当は触れない方がいいのだろうと思ってはいるけど、あれからずっと気掛かりで、私はつい余計な詮索をしてしまう。
「そうですね。けど、申し訳ないですが今はお話しする事は出来ません」
やはり、白鳥様からも神妙な面持ちできっぱりと断られてしまい、その反応から私の中での疑問が段々と確信めいたものへと変わっていった。
おそらく、彼がしようとしている事は、この会社にとって良い事ではないのだと思う。
それが何なのかは分からないけど、楓さんも白鳥様もこの話に触れると、とても深刻そうな表情をするので、かなりの大事なのかもしれない。
けど、それが結果的に私が楓さんの元へ戻れる事に繋がる……。つまりは、楓さんの婚約もそこで解消出来るような話。
考えれば考える程混乱してきて深みにハマり、私は白鳥様の存在を忘れて暫く思い耽ってしまった。
「……安心して下さい。私達がしている事は、最終的にはこの会社の為になることなので」
すると、こちらの不安を察知したのか。
滅多に見せることのない穏やかな笑みを浮かべて、白鳥様は私を宥めるように優しい口調でそう話してくれた。
その表情と自信に溢れた言葉に、あれだけ悶々としていた気持ちが段々と沈静化して、私は素直に首を縦に振る。
白鳥様がそう仰るのであれば、もうこれ以上余計な心配はしないで、このまま楓さんの言うことを信じていれば良い。
きっとこのお二方が居れば何があっても大丈夫だと思えてきて、私は安堵の笑みを見せた。