3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「それでは、白鳥様今日は本当にありがとうございました。お陰でとても楽しかったです」
本当はまだまだ話足りなかったけど、流石にこれ以上引き伸ばす事は出来ないので、私は名残り惜しい気持ちになりながら彼女に深く頭を下げる。
「…………あの、天野様」
すると、少しの間口を閉ざしたあと、何やら神妙な面持ちへと変わっていく白鳥様に、私は訳が分からず首を傾げる。
「流石に友達同士でお互い“様”呼ばわりはどうかと……」
そんな少し困ったような顔で的確な指摘をされてしまい、そこでハッと自分も気付く。
言われてみれば、宮田さんからも不審がられてしまったし、確かにこれでは余りにも他所他所しいかもしれません。
「では、これからは百合さんと呼ばせて頂きますね。なので、私の事もどうぞ好きなように呼んでください」
とりあえず、百合さんは楓さんと同い年なので、必然的に私はそう呼ぶ事にはなるけど、一方で彼女はどう呼んで下さるのか。
考え込んでいる百合さんの姿を期待に満ちた目で眺めていると、答えが決まったようで、ふとこちらに視線を向ける。
「それじゃあ、美守ちゃん」
そして、とても柔らかい表情でそう呼んでくださった事に、私は見事心を持ってかれてしまった。
ああっ!
お姉様っ!!
それから、胸の内で叫んだ声が思わず外に漏れだしそうになるのを、すんでのところで堪える。
この呼び方は候補の中の一つに挙がっていたけど、選んで下さる可能性が低そうだったので、諦めていたのに、まさかの百合さんの“ちゃん”呼ばわりを受け、その破壊力は絶大であり胸が高鳴り始める。
「連絡するから、落ち着いた時にまたこっそり会おっか?」
その上、急なタメ口の上に魅力的なウインクまで飛ばされてしまい、180度変わった百合さんの態度に益々お姉さん感が増していき、私の目はどんどんと輝き始めていく。
「は、はいっ!是非お願いしますっ!」
なので、あまりの嬉しさについ力がこもってしまい、私は力一杯首を縦に振った。
その後、ホテルまで引き返し、百合さんを見送るために駐車場まで付いて行くと、車に乗り込もうとする手前で、百合さんは伸ばした手を引っ込めてから改めてこちらの方へと向き直してきた。
「……美守ちゃん。一つ助言しておくけど、もしかしたら、この先楓様と暫く音信不通になる時が来るかもしれない」
突然真顔になり、一体どうしたのか不思議に思っていたところ、急に持ち掛けられた不穏な話に、こっちまで顔が強ばってきてしまう。
「けど、心配しないで。彼は絶対にあなたを手放さないし、必ず迎えに来るから」
そして、凛とした表情と、芯の通った真っ直ぐな目を向けてそう断言してきた白鳥様の言葉に、私は口元を緩ませて静かに頷く。
「楓さんにも申し上げましたが、私はどんな事があっても彼を信じ続けています。なので、大丈夫です」
それから、安心してもらえるように、私も揺るがない意志をもって、百合さんの目をじっと見据えた。
「……分かった」
その想いが伝わったようで、百合さんは表情を緩ませると、とても穏やかで優しい笑顔を見せてから、ゆっくりとした口調でそう答えてくれたのだった。