3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜



「……はあ〜、疲れました」


ようやく今日一日の業務が終わり、残業もそれなりにしてからホテルを出ると、足はいつも以上にパンパンに張っていて、気が緩んだ瞬間一気に襲い掛かってきた疲労感に、独り言が自然と漏れてしまう。


やはりクリスマスイブの日の宿泊客は半数以上が恋人達で、ホテル内には至る所で熱々な光景を目にし、その度に羨ましさと、欲求不満が湧いてきて、その気持ちを何とか抑えるのに必死だった。

家に着くまでの道中も、観光地とだけあってそこかしこに眩いイルミネーションが飾られていて、ここでもすれ違う人達はカップルが多く、通りは幸せムードで溢れかえっている。

これまでクリスマスに対して特に関心はなく、恋人への憧れはあったけど、そこまで固執するものでもなく、繁忙期でもあるので何となくやり過ごしていたのに、何故今はこんなにも虚しくて堪らないのでしょうか……。


そう思いながら、寒空の下、白い息を吐いて夜空を見上げれば、そこには満天の星が広がっている。

都内に居た時は常に外灯に邪魔されていたので、星なんてあまり気にした事はなかったけど、山々に囲まれた軽井沢の地ではとても美しく光り輝いていて、気付けば空を見ながら帰る事が日課になっていた。

それに、今日は快晴とあって満月もよく見え、その幻想的な光景に感嘆の息が漏れる。

楓さんも、あの綺麗な月を見ているといいのですが……。

あまりの寂しさに、ついそんな願望を抱いてしまい、私は暫くの間月を見続けた。 

彼の性格上、そんな事は絶対にないのは分かっているけど、離れ離れになっている今、せめて何かを共有する事が出来ればと。そんな欲求が込み上がってきて、益々楓さんへの想いが募っていく。

「……早く、会いたいです」

そして、堪らず溢れ出てしまう心の声。
あまりこの言葉を言うと、益々欲求不満になりそうなので、なるべく控えようとは思っているけど、こうして感傷的になるとつい自然と口にしてしまう。

とりあえず、現状を嘆くのではなく、再会した後のことを考えようと。マイナス思考からプラス思考へと切り替える為、深く深呼吸をした時だった。

鞄にしまっていた携帯電話が鳴り響き、私はもしやと思い慌ててそれを取り出す。

それから画面を見た瞬間、やはり予想通りの名前が表示されていて、すぐさま通話ボタンを押して携帯を耳に充てる。

「楓さん!」

「な、なに?どうした?」

あまりのタイミングの良さに、私は嬉しくて勢いよく名前を呼んでしまい、突然の事に驚いた楓さんは狼狽えながらそれに応じてくれた。

「今、月を見ながら帰っているんです。そしたら、楓さんの事が思い浮かんで……」

「ああ、そっか。ちょっと待ってて」

せっかくなので、今の心境を早速伝えてみたところ、楓さんは私の意図を汲んでくれたのか。急に電話から離れると、何処かへ向かう足音と、扉を引く音が聞こえてきて、今彼が何をしているのかが容易に想像出来た。

「か、楓さん外は寒いですよ?」

「そっちの寒さよりマシだよ。……確かに、綺麗な満月だな」

やはり思っていた通り、彼は今私と同じ月を見てくれている。そうさせるつもりなんて全くなかったのに、こうして想いが通じた事に、芯まで冷えていた体がじんわりと温まっていくのを感じた。
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