3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
私は楓さんにキスをされた頬を片手で抑えながら、その場に座り込んだまま暫く呆然とする。

毎回思うけど、私にとって人にキスをすることはとてもハードルが高い。雰囲気に呑まれてよっぽど感情が昂った時以外は、ああやって体が震える程緊張してしまうのに、楓さんは何故あんな最も簡単に出来てしまうのか。

それ以外にも色々なキスのやり方を知っていて、それだけで気持ち良くなって体が熱くなっていく。

これが経験値の違いだと言われてしまえばそれまでだけど、あまりにも自分との差があり過ぎて何だか引け目を感じてしまう。

やはり、ここは自分ばかりではなく私も彼をもっと満足させられるように、そっちの事も色々と学ばなくてはと。

またもや変な使命感に駆られた私は、更なる大人の世界へと踏み入れる決意を新たに小さく拳を握りしめた。


何はともあれ、あまりゆっくりしてる時間はないので、私も急いでその場から立ち上がると、楓さんがお風呂から出る迄に朝食を完成させる為慌ててキッチンへと戻る。

いつもならトースト一枚とヨーグルトやフルーツなど簡単に済ませてしまうけど、今回は和食好きな楓さんの為に気合を入れて朝早くから準備をしていた。

丁度食材を買い足したばっかりなので、冷蔵庫は充実しており、お陰で一汁三菜という理想的な品数を用意する事が出来たことに達成感が湧いてくる。

やっぱり愛する人の為に作るというのはこんなにも楽しくて、嬉しくて、とても充実した気持ちになれるものなんだと改めて実感しながら、私は上機嫌に味噌汁をゆっくりと掻き回した。


昨日は楓さんも良く眠れたと言ってくれたし、彼も自分と同じ心境なのかと思うと、心の奥がじんわりと熱くなってつい自然と笑みが溢れてしまう。

この新婚みたいな気分が毎日続けられればどれ程に良いものだろうか。そんな想像をしながら着々と準備をしていく中、暫くしてからサッパリした様子の楓さんがワイシャツとズボン姿でリビングへと戻ってきた。

「シャツにアイロン掛けてくれて助かったよ。それに超良い匂い。朝食まで用意してくれたんだな」

それから、嬉しそうな表情で目を輝かせながら食卓に並べられている料理を眺めている楓さんに、またもや母性本能をくすぐられてしまう。

「昨日は夕飯を召し上がらなかったので楓さんの好きな物を色々作ってみました。おかわりもあるのでいっぱい食べて下さいね」

そこまで喜んでくれると作った甲斐があり、私も釣られて笑顔になりながら、トレーに乗せた彼の分のご飯と味噌汁をテーブルに並べた。

「やっぱりホテルでも家でも美守は美守だな」

その動作を隣でじっと眺めていた楓さんはポツリと満足気にそう呟くと、突然私の肩を引き寄せてきて、唇を奪ってきた。

まさかこの場でキスをされてるとは思っていなかった私は、驚きのあまり目を大きく見開くも、口の隙間から楓さんの舌が遠慮なしに入ってきて口内で暴れ出し、あっという間に高揚とした気分へと変えられてしまう。

「……あ、あの、せっかくのご飯が冷めてしまいますよ」

暫く楓さんに捕えられ、朝から濃厚なキス責めに遭い、ようやく唇を解放された私は若干息切れをしながら潤んだ目で彼を見上げる。

「分かってるけど美守が好き過ぎて。ずっと出来なかったから昨日だけじゃまだ全然足りない」

そんな甘過ぎる台詞を耳元で吐息混じりに囁かれてしまい、彼の刺激的な振る舞いに相変わらず慣れない私は、抵抗することも出来ず顔を真っ赤にしながら固まってしまう。

その隙を狙って、今度は包み込むように私を抱き締めると、容赦なく再び唇を重ねて、味わうように何度も何度も角度を変えては絡みついて来る。

その貪欲さと愛の重さを久々に肌で感じ、それに触発されていく中、次第に流されていき、彼の背中に手を回した。

すると、不意に楓さんの長い指が私の胸に触れたかと思うと、掌で包み込み、回すように服の上からゆっくりと揉んできたので思わず体が大きく跳ね上がる。

「あっ、……楓さん、これは流石にいけません!」

次第に勢いが増していき、危機感を覚えた私は慌てて彼から離れると、胸を揉まれている手を止める為に楓さんの手首を掴んだ。

「……やば。悪い、無意識だったわ」

そこではっと我に帰った楓さんは直ぐに動きを止めてくれると、バツが悪そうに私から手を離す。

「と、とりあえず、本当に冷めてしまうので早く食べましょう」

私も昨夜のことが鮮明に浮かび上がり、恥ずかしさで押しつぶされそうになるけど、ひとまず気持ちを切り替える為に何とか笑顔を作ってみせた。

それから若干の気不味い空気が流れるも、楓さんが私の料理を美味しそうに食べてくれる姿を見ていたら、そんなものは綺麗さっぱり消えてなくなり、再び穏やかな朝の時間が流れる。
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