3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
その後朝食を済ませてから身支度も終え、いよいよ出発の時刻となったので私達は荷物を持って玄関へと向かう。
そして、靴を履こうとした時、突然楓さんの大きな溜息が聞こえてきて何事かと彼の方へ振り返った。
「……本当に行くのか?」
今まさに出ようとしているところなのに、とても憂鬱そうな面持ちで尋ねてきた彼の問いかけに対し、今更何をと私は首を傾げる。
「正直、これからあの家でする事を美守には見られたくないし、近付かせたくない」
それから思い詰めた表情で力強くそう断言されてしまい、私はその勢いに押されて一瞬怯んでしまう。
「俺は今日この日を以て全ての事に決着をつけるつもりだ。その時にもしかしたらお前まで嫌な思いをさせるかもしれない。だから、ほとぼりが冷めるまでは出来ることならもう少しここで待っていて欲しいんだ」
そんな私の頬に優しく手を添えると、ここで引き止めたいのか。楓さんはとても真剣な眼差しを向けて牽制してくる。
けど、生憎ここまで来たからには私はもう一歩も引くつもりはないし、聞き分けなんて出来ない。
もう、彼の側を離れたくないし、彼がこれ以上傷付けられるのを黙って見ていることもしたくはない。
楓さんの気持ちを無下にしているようだけど、この思いと覚悟を理解して欲しくて、私は添えられた彼の手に自分の手を重ねた。
「私は何を言われても楓さんが居れば平気です。私がいても何の意味もないかもしれないですが、せめてお側には居させてください。ただ待っているだけなんて……そっちの方がよっぽど辛いですから!」
始めは落ち着いて話すつもりだったけど、後半から徐々に感情が昂ってしまい気を許すと今にも涙が溢れそうになってくる。
でも、これで彼に私の気持ちが伝わるのなら。
一人で全てを背負おうとする、そんな悲しい選択をしないで済むのなら、どう思われても構わない。
だから、私は揺るがない意志をもって視線を逸らすことなく、楓さんの目をひたすらに見据えた。
「……美守……」
お互い見つめ合ったまま暫く静寂な空気が流れる中、突如楓さんはポツリと私の名前を呟くと、手を伸ばして私の体をそっと自分の方へと抱き寄せてきた。
「ありがとう。……本当にお前が居てくれて、良かった……」
そして、消え入りそうな声で語る彼の一言一言に重みを感じ、そこに全ての想いが込められている気がして、胸の奥がじんと熱くなる。
それに、心なしか楓さんの体が少し震えているようにも思え、そんな彼の不安を拭い取れればと、私も手を回して包み込むように優しく抱き締めた。
再び訪れる二度目の静寂。
けど、先程よりもとても穏やかな空気を感じ、私達は微動だにせずお互いの息遣いをしっかりと感じとる。
それから暫くして、楓さんは私から離れると、小さく深呼吸した後、凛とした顔付きへと変わり私と視線を合わせてきた。
「……それじゃあ、行くぞ」
まるで自分にも言い聞かせているかのように、重々しく語る楓さんの一言によって、私も気が引き締まる思いでゆっくりと首を縦に振る。
__ついに、この時が来た。
一体彼がどう決着付けるのかは行ってみないと分からないけど、これで長年のしがらみから解放されるのであれば、私もそこでしっかりと彼を支えて一緒に見届けたい。
そんな想いを胸に、私達は東郷家へと向かう為、玄関のドアノブに手を掛け徐に扉を開いたのだった。