3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜

第19話.闇と光

車を走らせること約三時間ちょっと。
私達はサービスエリアで休憩を挟みながら、上越自動車道と関越自動車道を経由し、インターを降りてから暫くするとあっという間に東郷家の前まで到着した。

軽井沢から東京までは高速を使えば二時間弱ぐらいなので、話をしていると直ぐに都内へと入り、その近さと行き易さを身に染みて感じたのと、その場所を私の異動先に選んで下さった御子柴マネージャーに改めて感謝の気持ちを捧げる。


私は助手席のシートベルトを外し車から降りると、東郷家の敷地の広さと、家屋の大きさを目の当たりにして暫くその場で佇んでしまった。

家の敷地内に入る時もそうだけど、まるで中世ヨーロッパに建てられたような西洋風の鉄格子の門扉の前で車を停めると、防犯カメラでチェックされているのか、自然と門が開き、そこから敷地の脇にある車五、六台くらいは裕に停められそうな駐車場へと向かい楓さんはそこでエンジンを切った。

車を降りてから建物に目を向けると、全長数十メートルはありそうな、まるで迎賓館のような横長の二階建ての造りで、白い煉瓦調の外壁の合間に大理石が埋め込まれていて、ここが民家であるとは到底思えない初めて見る財閥家の圧倒的な外観に、私は思わず感嘆の声を漏らす。

そんな微動だにしない私の手を楓さんは握ると、そのまま引っ張るように建物の方へと歩を進めていく。

東郷家に到着してから楓さんは一言も喋らなくなってしまい、一歩一歩近付くにつれ表情もどんどんと強張っていき、私の心拍数も徐々に上がり始めていった。

それから、木製の重厚そうな両開き型の扉の前まで辿り着くと、楓さんはドアノブに指紋を認証させてから徐に開いて中へと入る。


「楓様、おかえりなさいませ」

すると、玄関の前では家政婦と思われる五十代ぐらいの女性が私達の姿を目にするや否や、ホテルマンに負けないくらいの角度でお辞儀をしてきて、私はそこで萎縮してしまう。

「旦那様と奥様は既にリビングでお待ちになっていますので、どうぞそのまま奥へとお進み下さい」

そう案内されると、楓さんは先程から一言も返事をせずに靴を脱いでスリッパへと履き替え、私も用意された客人用のスリッパに履き替えると彼に連れられて奥へと突き進んだ。

その間に家政婦の方からとても怪訝な視線を向けられてしまったけど、特に干渉することなく同じように口を閉ざしたまま私達に付き添ってくる。

屋敷の中は想像していた通りとても煌びやかで、大理石で出来た長くて広い通路を歩けば所々に高級そうな絵画や骨董品やらが飾られていて、もしかしたらこれだけで家一軒分が買えるのではないかと想像をしていると、程なくして私達はリビングの扉の前へと到着した。

その瞬間、緊張はピークに達し、上手く呼吸が出来ないくらいに激しく心臓が高鳴り始める中、楓さんはそんな私の異変を察知したのか。言葉はないけど、繋いでいた手に軽く力を込めてくれると、私はそれだけで少し気持ちが楽になっていく気がした。

そして、密かに深呼吸をしてから、私達は東郷代表達が待ち構えるリビングの扉を開いて中へと足を踏み入れる。



「時間通りだったな。…………それに、まさか例の女性まで連れてくるとは驚いた」

奥へと進むと窓際に設置された八人掛けの広いテーブルの端で向かい合って座っている東郷代表とその奥様。
東郷代表は私達の姿を目にした途端何とも冷めた表情でそう仰ると、私を一瞥してから直ぐに楓さんの方へと視線を戻した。

「今日は彼女のことも伝えようと思って来ました」

楓さんも東郷代表と負けじ劣らずの感情がこもっていない無機質な声と表情を向けて、テーブルの前で立ち止まる。

「この非常事態によくそんな考えが浮かぶものだわ……」

その様子を横目でじっと睨みつけるように眺めていた奥様の憎しみがこもった刺々しい一言によって、更にその場の空気が張り詰めていく。


……怖い。

まだ二人にお会いしてから数十秒しか経っていないのに、愛情なんて全く感じられない突き刺さるような鋭い視線を受け、体が小さく震えてくる。
それなのに、楓さんは全く気にする素振りもせず凛とした表情で二人を見据えていた。

これが彼にとって東郷家での日常茶飯事なのだろうか。
子供の頃からずっとこんな視線を浴び続けていたのだとしたら、それは想像以上に辛くて恐ろしくて、並の人間であれば神経をやられても可笑しくない。

確かに楓さんも人に対して全くの無頓着で、自己肯定感がかなり低かった。
それもこれも全てこの環境がそうさせたのだとしたら、あまりにも残酷で、非道で到底許される話ではない。

けど、ここで怒りを露わにしても意味がないので、私は沸々と湧き起こってくる激情を何とか堪える為に歯を食いしばった。
< 303 / 327 >

この作品をシェア

pagetop