3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「……聞いて呆れた。まさかそこまでその女性に溺れてたとはな。自分勝手も甚だしい。何の為にお前を引き取ったと思っているんだ?」

すると、感動していたのも束の間。
楓さんの真っ直ぐな想いを鼻で笑った後、実の父親とは思えない東郷代表の非道極まりない発言に、私は唖然としてしまう。

普通なら自分の会社のことよりも、先ずは我が子の幸せを願うのが親というものではないのだろうか。
そんな当たり前のことを自分勝手という言葉で片付けるなんて。あまつさえ、まるで物みたいな扱いをしてくるとは。
これでは本当に彼はこの家にとってただの“駒”でしかない存在だということを裏付けているようで、私はまたもや込み上がってくる怒りで体が震えてくる。

「それについては申し訳ないと思っていますが、私も一人の人間ですのでこの身勝手さをお許し下さい」

それは本心なのか、それともただの建前なのか。
相変わらず無表情で淡々と語る楓さんの心境を読み取ることは出来ないけど、それが例え体裁によるものだとしても彼が謝る必要なんて何一つなく、当然の主張をしたまでだというのに。そんな当たり前のことを当たり前と思っていないこの父親は本当に性格が捻じ曲がっているにも程がある。

「とにかく、やむを得ず代表の座はお前に託すが、今後はよっぽどではない限りこの家に立ち入るな。本来なら親子の縁を切りたいところだが、財閥家の跡取りである以上それが出来ない事を有り難く思うんだな」

その上、非常識極まりなく、上から目線でものを言う態度に私は我慢の限界を迎え、気付けば椅子から立ち上がり勢い良く東郷代表の頬に平手打ちをしてしまった。

「いい加減にして下さいっ!身勝手なのはどっちですか!?勝手に浮気して……この家を壊したきっかけを作ったのは一体誰だと思っているんですか!?」

まるでタカが外れたように怒りの感情がどんどんと外へと漏れ出していき、私はその勢いのまま思いの丈を代表に思いっきりぶつける。
とにかく自分の保身よりも楓さんに対しての無礼極まりない振る舞いが到底許せなくて、理性を失った私はなりふり構わず更に代表へ牙を向けた。

「楓さんには何も罪はない。そんな事は側から見ても分かることですっ!今回のことだって不正を摘発して一体何がいけないというのですかっ!?あなたの不始末を全て彼に押し付けないで下さいっ!彼の言う通り、楓さんは一人の人間であり、立派なお方です!そんな人を傷付ける資格なんて、あなたには何もありませんっ!!」

そして、捲し立てるように全ての思いを言い切ると、私は軽い酸欠状態に陥り小さく肩で息をする。

それから暫く流れる長い沈黙。
この場にいる全員が予想外の展開に皆目を点にして固まってしまい、私を凝視する。

その視線で私はようやく我に返ると、今自分がしてしまった行為を改めて認識し、段々と顔が青ざめていく。
それから、どうやってこの場を収めようか思考をフル回転しているところ、突如隣に座っていた楓さんが肩を震わせて小さく笑い出し、張り詰めていた空気がそれによって破られた。

「全く、お前は本当にどこまでも大した女だよ」

おそらく、それは決して褒め言葉ではないのでしょう。
けど、楓さんの表情は無機質なものからいつもの慈愛に満ちた優しい笑顔へと変わり、それを目にした途端、震えていた心は一気に安心感に包まれ、私も自然と柔らかい表情で彼に微笑み返す。
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