3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
◇◇◇
「……はあ~」
東郷家を出てから暫くして緊張の糸が切れた私は、先程自分が代表にしてしまった行為を改めて思い返してしまい、後になって多大な後悔の波が押し寄せてきた。
冷静に考えれば、たかが一端の社員が代表取締役を平手打ちするなんて、下手すりゃ首になってもおかしくない。
我武者羅だったとしても、そんなとんでもない事をしてしまった事に、穴があればそのまま半永久的に入り続けたいくらいだった。
「なんだ?まだ気にしてたのか」
そんな私を横目に、いつの間にやら柔らかい表情に戻っていた楓さんは、悪戯な笑みを浮かべながら小さく肩を震わせる。
「そう言えば、美守の名前の由来って何だっけか?」
その上、私の心境を分かった上で敢えて意地悪な質問をしてくる楓さんに、私は悔しくて軽く彼を睨みつけてしまった。
「……どんな時も清く、正しく、礼節をわきまえる。言葉遣いは綺麗で、丁寧に。人に優しく素直で謙虚な姿勢を忘れない美しい子であれとの意味です」
しかし、それを律儀に説明してしまうのは私の性分であり、由来を人に話してここまで胸が痛くなるのはこれが初めてかもしれない。
「つくづく思うけど、お前段々とキャラ崩壊してないか?」
それなのに、傷心しきった私を更に追い込むような楓さんの残酷な一言に、私は抗議する気力も失せて、またもや自己嫌悪に陥ってくる。
「……呆れましたか?」
あの時楓さんは微笑んで下さったけど、結果的にあの場が白けてしまったので、内心はどう思っているのか分からず、私は恐る恐る彼を見上げた。
「いや、全然。出来ることなら今すぐこの場で抱き締めてキスしたいくらい」
けど、そんな私の不安を払拭してくれる程の眩しい笑顔を向けられた上に、手を繋がれ甘い言葉を耳元で囁かれてしまい、お陰で後悔というものは一瞬で吹き飛んでしまった。
我ながらなんて単純なのだろうと思うけど、楓さんの嬉しそうな表情を見れたなら結果全て良しと。
そう自分に言い聞かせて、私は笑顔で寄り添いながら彼の隣を歩く。
それから駐車場まで到着し、私達は車に乗り込もうとしたところ、突然楓さんの動きが止まり、ある方向に視線を向けたまま固まってしまったので、私は不思議に思いながら顔を上げた時だった。
「……あ」
視界の先に立っていたある人物をとらえ、私も同じようにその場で動きが止まってしまう。
「まだ何か話でも?」
すると、一変して楓さんの表情から感情が消え、無機質な声で静かに東郷代表の奥様に尋ねる。
「……気が変わらないうちに話そうと思って」
奥様も無表情のまま楓さんと同じように冷たい声で返答した。
そこからその場の空気が一気に殺伐したものへと変わり、私は生唾を飲み込んで二人のやり取りを静かに見守る。
そういえば、私達が東郷代表に諌められて以降彼女はあれから一言も言葉を発しなかった。
先程楓さんは竜司様の今後の処遇を口実に東郷代表に警告をしていたから、もしかしたらそれに関してまた彼に逆上してしまうのではないか。
そんな不安を抱えながら、いざという時は全力で止めようと、密かに身構えていた時だった。
「あなた」
「……は、はい!」
突如奥様はこちらの方へと視線を向けてきて、不意をつかれた私は思わず背筋がピンと伸びる。
てっきり楓さんに対しての用件なのかと思っていたのに、まさかの私に白羽の矢が立ち、何の心構えもしていなかった為、冷や汗がだらだらと流れていく。
「私の旦那によくもあんな事をしてくれたわね。あの家であの人に手を挙げる者なんて誰一人居ないのに、まさか赤の他人が殴るなんて今でも信じられないわよ」
仰ることはご最もですと。
容赦なく痛い所を突き刺してくる奥様の厳しいお言葉にぐうの音も出ない私は、ここは素直に謝ろうと潔く頭を下げた。
「も、申し訳ございません!本当に無礼極まりなく出過ぎた真似を致しました!何とお詫びしていいことやら……」
おそらく、何を言っても許される事ではないのかもしれないけど、今の私はこうするしか出来ないので、顔を青ざめながらひたすらに深く深く頭を下げる。
それから暫く流れる沈黙。
これが一体何を意味するのか。
先程から視線をずっと足元に向けたままなので、今の奥様の表情は全く分からず、沈黙状態が続くにつれ恐怖で足が段々と震えてきた。
「……でも、お陰で気持ちが少しだけ楽になったわ」
その時、静寂な空気の中ポツリと呟いた奥様の一言が耳に届いた瞬間、私は驚きのあまり目を見開いて顔を勢い良く上げる。
「私がこれまで出来なかったことを全く関係ないあなたがやってのけて……。あの瞬間、何だか救われたような気がした……」
てっきりまた厳しい事を言われるのかと覚悟していたのに、予想に反して段々と口調が柔らかくなっていく様子に、私は拍子抜けしてしまった。
そして、奥様の口ぶりから、私の行いを咎めに来たわけではなく、むしろ感謝されているように聞こえ、私は何と返答すればいいのか分からず、その場で狼狽えてしまう。
「……はあ~」
東郷家を出てから暫くして緊張の糸が切れた私は、先程自分が代表にしてしまった行為を改めて思い返してしまい、後になって多大な後悔の波が押し寄せてきた。
冷静に考えれば、たかが一端の社員が代表取締役を平手打ちするなんて、下手すりゃ首になってもおかしくない。
我武者羅だったとしても、そんなとんでもない事をしてしまった事に、穴があればそのまま半永久的に入り続けたいくらいだった。
「なんだ?まだ気にしてたのか」
そんな私を横目に、いつの間にやら柔らかい表情に戻っていた楓さんは、悪戯な笑みを浮かべながら小さく肩を震わせる。
「そう言えば、美守の名前の由来って何だっけか?」
その上、私の心境を分かった上で敢えて意地悪な質問をしてくる楓さんに、私は悔しくて軽く彼を睨みつけてしまった。
「……どんな時も清く、正しく、礼節をわきまえる。言葉遣いは綺麗で、丁寧に。人に優しく素直で謙虚な姿勢を忘れない美しい子であれとの意味です」
しかし、それを律儀に説明してしまうのは私の性分であり、由来を人に話してここまで胸が痛くなるのはこれが初めてかもしれない。
「つくづく思うけど、お前段々とキャラ崩壊してないか?」
それなのに、傷心しきった私を更に追い込むような楓さんの残酷な一言に、私は抗議する気力も失せて、またもや自己嫌悪に陥ってくる。
「……呆れましたか?」
あの時楓さんは微笑んで下さったけど、結果的にあの場が白けてしまったので、内心はどう思っているのか分からず、私は恐る恐る彼を見上げた。
「いや、全然。出来ることなら今すぐこの場で抱き締めてキスしたいくらい」
けど、そんな私の不安を払拭してくれる程の眩しい笑顔を向けられた上に、手を繋がれ甘い言葉を耳元で囁かれてしまい、お陰で後悔というものは一瞬で吹き飛んでしまった。
我ながらなんて単純なのだろうと思うけど、楓さんの嬉しそうな表情を見れたなら結果全て良しと。
そう自分に言い聞かせて、私は笑顔で寄り添いながら彼の隣を歩く。
それから駐車場まで到着し、私達は車に乗り込もうとしたところ、突然楓さんの動きが止まり、ある方向に視線を向けたまま固まってしまったので、私は不思議に思いながら顔を上げた時だった。
「……あ」
視界の先に立っていたある人物をとらえ、私も同じようにその場で動きが止まってしまう。
「まだ何か話でも?」
すると、一変して楓さんの表情から感情が消え、無機質な声で静かに東郷代表の奥様に尋ねる。
「……気が変わらないうちに話そうと思って」
奥様も無表情のまま楓さんと同じように冷たい声で返答した。
そこからその場の空気が一気に殺伐したものへと変わり、私は生唾を飲み込んで二人のやり取りを静かに見守る。
そういえば、私達が東郷代表に諌められて以降彼女はあれから一言も言葉を発しなかった。
先程楓さんは竜司様の今後の処遇を口実に東郷代表に警告をしていたから、もしかしたらそれに関してまた彼に逆上してしまうのではないか。
そんな不安を抱えながら、いざという時は全力で止めようと、密かに身構えていた時だった。
「あなた」
「……は、はい!」
突如奥様はこちらの方へと視線を向けてきて、不意をつかれた私は思わず背筋がピンと伸びる。
てっきり楓さんに対しての用件なのかと思っていたのに、まさかの私に白羽の矢が立ち、何の心構えもしていなかった為、冷や汗がだらだらと流れていく。
「私の旦那によくもあんな事をしてくれたわね。あの家であの人に手を挙げる者なんて誰一人居ないのに、まさか赤の他人が殴るなんて今でも信じられないわよ」
仰ることはご最もですと。
容赦なく痛い所を突き刺してくる奥様の厳しいお言葉にぐうの音も出ない私は、ここは素直に謝ろうと潔く頭を下げた。
「も、申し訳ございません!本当に無礼極まりなく出過ぎた真似を致しました!何とお詫びしていいことやら……」
おそらく、何を言っても許される事ではないのかもしれないけど、今の私はこうするしか出来ないので、顔を青ざめながらひたすらに深く深く頭を下げる。
それから暫く流れる沈黙。
これが一体何を意味するのか。
先程から視線をずっと足元に向けたままなので、今の奥様の表情は全く分からず、沈黙状態が続くにつれ恐怖で足が段々と震えてきた。
「……でも、お陰で気持ちが少しだけ楽になったわ」
その時、静寂な空気の中ポツリと呟いた奥様の一言が耳に届いた瞬間、私は驚きのあまり目を見開いて顔を勢い良く上げる。
「私がこれまで出来なかったことを全く関係ないあなたがやってのけて……。あの瞬間、何だか救われたような気がした……」
てっきりまた厳しい事を言われるのかと覚悟していたのに、予想に反して段々と口調が柔らかくなっていく様子に、私は拍子抜けしてしまった。
そして、奥様の口ぶりから、私の行いを咎めに来たわけではなく、むしろ感謝されているように聞こえ、私は何と返答すればいいのか分からず、その場で狼狽えてしまう。