3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「とりあえず、俺はまだこれから行く所があるから、お前は家で待ってろよ」

しんみりとした空気が流れる中、楓さんは突然話を切り替えてから運転席へと乗り込んだので、私も慌てて後に続き助手席へと座る。

「どちらまで行かれるんですか?」

確か今日は休みだと楓さんは言っていたので、てっきりこの後は二人でゆっくり過ごせるのかと思っていた私は、シートベルトをはめながら少しだけ残念な気持ちで尋ねた。


「……………………泉のところ。何だかんだで利用して振り回したし、せめて謝罪はしようと思って」

すると、何故だか即答せずに押し黙ってしまった彼に疑問を抱いていると、ポツリと呟いたその言葉で私は思わず動きが止まってしまう。

「……あ、そ、そうですよね……」

それから、私まで黙ってしまいそうになるのを我慢して、何とか返答を試みたものの、動揺してしまい震える声まではどうにも誤魔化すことが出来なかった。

確かに、今回の件で婚約は無事破棄されたけど、泉様自身は彼との結婚を切望していた。
それなのに、こんな形で破談となり、きっと彼女はかなり深く傷付いていると思う。
その事は私もずっと気掛かりではあったけど、こうして彼も彼女の事を気にしてくれていた事を知り、嫉妬心が無いわけでもないけど、どこかホッとしている自分がいる。

そして言葉通り、楓さんはこの一日で全てのしがらみを取り除こうとしているのを身に染みて感じた。


「……あ、あの……楓さん」

それならばと。ふつふつと沸き起こってくる感情のまま私は徐に口を開く。

「差し支えなければ、そちらにも同行して構いませんか?彼女からすれば会いたくないのでしょうけど……」

別れ際に恋敵が居るなんて、彼女にとってはただ苦痛なだけなのかもしれない。
私もあの出来事以降一度も会っていないので、顔を合わせるのは凄く気まずいし、このまま楓さんに全てを委ねていいのかもしれないけど、それだと気が収まらない。

これを律儀というのか何て言うのかは知らないけど、自分は頑固な人間なんだと改めて実感する。


「そう言うと思った」

そんな私の性分をやはり彼は全て把握済みだったようで、少し呆れながらも柔らかく微笑むと、楓さんは不意に手を伸ばし顎を軽く引き上げ、触れる程度の軽いキスを一回だけしてきた。

これまで彼とのキスなんて数え切れないくらい沢山しているのに、なかなか免疫がつかない私は相も変わらず顔が素直に熱くなってくる。

「……続きは、また後でな」

しかも、更に追い打ちをかけるように何とも艶っぽい声で耳打ちをされてしまったので、それ以降体の火照りが鎮まるまでにかなり時間を要してしまったのだった。
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