3121号室の狼〜孤高な冷徹御曹司の愛に溺れるまで〜
「……そういえば、先程泉様とお話ししていた時に裏切られるのが怖いって言ってましたよね?」
車を降りてから人気のない広い駐車場を歩いていると、私は唐突に彼の言葉を思い出し、あの時感じた悲しい気持ちが沸々と蘇ってきた。
「酷いです。例え想像だとしても、私が楓さんを裏切るなんて考えて欲しくなかったです」
それによって相手の気持ちを理解するのはよく分かるけど、それでも何だかやるせない気持ちになっていき、少し不貞腐れ気味で彼を見上げる。
「安心しろよ。疑っているとかそういう話じゃないから。寧ろ感謝している」
そんな私を宥めるように、楓さんはやんわりと微笑むと私の手を優しく握ってくれた。
「美守と出会わなければ、俺も泉も自分を蔑ろにし続けて終わっていたのだろうけど、美守がいたか救われたんだ。兄貴の一件で婚約破棄に大義名分が立ったから、浅野家の名誉も守れる。だから、ただの復讐を人生の転機に変えてくれたのは全部美守の存在があったからだよ」
その上、身に余る言葉を至極真面目な顔で言われてしまい、お陰でマイナスな感情は綺麗さっぱりと洗い流され、その代わり感動の涙と共に心の奥底から愛しい気持ちが溢れ出してくる。
これからも、ずっと私は楓さんの側にいたい。
その想いは彼のバトラーになった当初から色褪せることなく、今でも輝き続けている。
そして、その願いがこうして現実のものとなった幸せを改めて身に染みて感じながら、私は彼に寄り添うように隣を歩く。
「そういえば、さっきこれから俺達は長い付き合いになるって言ったよな?」
「は、はい!?……そ、そうですね」
すると、楓さんは何の前触れもなく少し前にした話を持ち掛けてきて、まさかここで蒸し返されるとは思ってもいなかった私は、かなり挙動不審になりながら返答する。
「それって、そういう意味でいいのか?」
しかも、完全に揚げ足をとられている状況に、私は何て言い返せばいいのか言葉に詰まってしまった。
その気持ちは当然ながらにあるけど、それを口にしようとすると恥ずかしさのあまりなかなか声が出てこない。
「あ、あの……、その……っ!」
けど、あまり返答に困っていると変な誤解をされてしまいそうなので、ここはしっかりと伝えようと意を決した時だった。
「悪い、少し揶揄っただけだよ。その先の言葉は俺が言うから」
楓さんは悪戯に笑った後、それを遮ってきたことに、私の鼓動は徐々に速さを増していく。
「本当は、ちゃんとした場面で言うつもりだったけど……。まあ、それは追々な」
それから、少しはにかんで見せると、楓さんは不意にその場で立ち止まったので、高鳴る鼓動を抑えながら私も向かい合うように彼の前で立ち止まった。
「…………美守」
「はい」
その後暫しの沈黙が流れる中、楓さんは真っ直ぐな目でこちらを見据えてきて、私はその熱い眼差しを真摯に受け止めながらはっきりと返事をする。
「俺と結婚してくれ」
そして、ずっと待ち望んでいた言葉に心を震わせながら、私はバトラーとして仕えていた自分を重ね合わせ、満面の笑みでこう答える。
「勿論です。これからも喜んで楓さんに尽くさせて下さい」